読み物

香里

Sorry Japanese only

私がギプスに目覚めたのは、小学生の頃でした。

 一緒にピアノを習っていたひとつ上の女の子がいたのです。陸上をやっていて、ポニーテールの似合う、かわいい女の子でした。ある日、教室に松葉杖をついてきたのです。いつもは来ない母親も付き添ってきていました。その足には、ギプスが巻かれていたのです。ピアノの先生が驚いて

「どうしたのー?」

と尋ねました。母親が説明したところによると、階段でつまづいて、足の骨にひびが入ってしまったということでした。彼女は入り口に松葉杖を置き、ケンケンで移動していました。

 それが、私のギプスの最初の記憶です。そのときは自分がギプスに惹かれているということはわからず、どうしてこんなにドキドキしてるんだろう、と思いました。今思えば性欲を、下腹部のあたりに感じていたのです。

 その日家に帰ってからも、ずっとその女の子のギプスのことが頭から離れませんでした。どうしても我慢できず、スケッチブックにギプスをはめた女の子の絵を描いてみました。そのときのギプスでいちばん頭に残っているのは、やはりつま先から見えていたブルーの包帯です。私はそれを思い浮かべながら、はじめてひとりHをしました。

 その怪我をした女の子とは同じ小学校に通っていたので、学校の中で彼女を見かけることがよくありました。彼女は校内でも松葉杖をつき、皆に囲まれていました。元々かわいくて人気のある子だったので、その子が足にギプスをはめて松葉杖で歩いているというのは、痛々しくて皆が放っておけなかったのでしょう。階段を降りるとき、友達に「大丈夫?」と声をかけられながらおそるおそる降りている彼女を、未だに覚えています。

 私も、どうやら自分はギプスに特別な興味があるのだな、ということがわかってきて、どうにかしてギプスをはめてみたいと思いましたが、どうやったら骨折できるのかなどわかるはずもなく、また恐怖感もあり、何もできないままでした。

 しかし、それからはギプスや骨折の出てくる漫画や小説に出会うたびに、ひとりでこっそりとあそこのあたりをいたずらしながら、何度もその描写の部分だけを読み、興奮していたことを覚えています。

 それから数年間は、そんなことで過ぎていきました。転機はやはり、大学に入学してからです。

 大学二年生のときのことです。夏休みに帰省していた私は家の階段で、足の小指と薬指を変なふうに突いてしまったのです。最初はたいしたことないかな、と思っていたのですが、痛いというより貧血で息苦しくなり、足の指も動かすことができませんでした。これはもしかしたら…と親に病院に連れて行ってもらったのです。腫れてはいなかったので、お医者さんもレントゲン技師さんも気楽な感じで構えていたのですが、レントゲンを撮ったあと、技師さんに

「歩かないで」

とあわてて言われて、車椅子にのせられて診察室に入りました。結果、指は二本とも脱臼骨折していました。脱臼を治すために、寝台に横になりました。短時間の麻酔をかけられたのですが、完全にかからないうちに関節を入れられ、痛さで

「ううっ!」

という感じになったところで、意識がなくなりました。目が覚めたときには、もう足には副木があてられ、包帯が巻かれている途中でした。ふたたび車椅子で移動し、点滴を一本うって、松葉杖を渡されました。それをついて、家に帰りました。そのときには、とにかく嬉しかったです。

 夏休みも終わりのことだったので、私は完全に骨折が治らないまま、大学に戻らなくてはなりませんでした。松葉杖をついたままアパートに帰り、痛みはもうなかったのですが、包帯を自分で数本買って来ておおげさに巻きました。周囲には、脱臼骨折に加えて、足首も捻挫したと言いました。ちょっと地面についただけでも痛そうにし、友達にもすごく心配されました。完全に嘘をついている訳でもなかったので、あんまり罪悪感もなく、それで二週間くらい過ごしました。

 見てるだけではなく、怪我人でいる快感を、そのときはじめて知りました。

 それからはしばらく残念ながら怪我をする機会もなかったのですが、最近、誤って転倒し、手を思いっきり突いたときに、肩を痛めてしまいました。腕が上がらなくなってしまったので、もしかして…と思って整形外科に行きました。レントゲンを撮った結果、骨折はなく、ただ挫いたのだということになりました。しかしどうしてもあきらめきれなかったので、

「痛い」

を連発しました。すると湿布を貼り、「少し楽になるから」と、三角巾というか、袋状になっていてバンドで固定するもので、腕を吊ってくれました。

 診察室から出ると、待ち合い室にいた人が、はっとしたような顔で私の方を見ました。吊っていたので、骨折か何かだと思われたようです。腕は三角巾で包まれているので見えず、ちょっと見には、ギプスをして腕を吊っている人のように見えたようです。待ち合い室には、足に包帯を巻いて松葉杖を傍らに置いている女性がいました。その人も私の方を見ていました。

 会計をし、上着は三角巾をした方は肩にかけて、そのまま帰るのが惜しかったので、ケーキ屋さんに寄りました。すると店員のおばさんが、

「手、折っちゃったの?」

と聞いてきました。突然だったので、

「いえ、肩を捻挫しちゃって…」

と正直に答えました。

「あらー、痛そう。かわいそうに」

と言われました。「お大事にね」と言われて店を出ました。それで次に薬局に行きました。

「すみません、コンタクトの保存液ありますか」

「はい、ありますよ」

会計をするとき、わざとぎこちなく財布からお金を出しました。

「骨折ですか」

「はい、スキーをしてて折っちゃって」

「大変ですね。いつですか」

「二週間くらい前です」

「まだ痛みます?」

「そうですね、少し」

という会話をしました。

 

 次の日、腕にかなり厚く包帯を巻き、三角巾をしたまま美容院に行きました。

「すみません、髪だけ洗ってほしいんですけれど」

「はい、いいですよ」

という感じで、受付では何も言われませんでした。ただシャンプー台に案内されるときに、

「手だいじょうぶですか?」

と聞かれました。洗い終わって、ドライヤーとブラシをかけてもらっているときに、

「手どうしたんですか」

と聞かれました。

「骨折しちゃって…大げさではずかしいんですけど」

「えー!大変じゃないですか。いつですか」

「昨日なんです」

「じゃあ、まだ痛いんじゃないですか」

「痛いですねー」

「ギプスとかしてるんですか?」

「いえ、腫れが引いてないんで、ギプスはまだできないんです」

「痛そう…」

「それで髪を洗えなくて、来たんですよ」

「そうですよねー。シャンプーしながら、きっとそうなんだろうなーとか思ってたんですよ。固定してると大変ですね」

「はい、自分では何もできなくなるので」

「どのくらいで治るとか、言われたんですか」

「六週間くらいみたいです」

「うわー、大変ですね」

という会話をしながら、すごい興奮してました。

 

 もちろん映像も大好きなんですが、過去に文章で興奮してたせいか、ギプス小説が大好きです。痛がってる描写とか、大好きです。某ドラマ『エー○をねらえ!』で肩を痛めて悶絶?してた子の声には、思わず興奮してしまったわ…。

 いつか足を骨折して、LLCで松葉杖をついて歩いてみたい!というのが私の夢です。