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Sorry Japanese only

ブレイブフォーペイン第2部

 

<1、平原ボクシングジムー和男の過去>

 

湿度の高いその部屋の壁は、男達の汗を限界まで蓄えて呼吸しているようだった。

そのジムは都心からほど近いテナントビルの2階にあり、数人の青年達が一心に

トレーニングに励んでいる。やや窓側に設置されたリング上には二人の男が上がっていた、トレーナーの和久井とこのジム随一のテクニシャン浅井和男である、浅井はデビュー3年目にして早くも日本チャンプを射程に捕らえつつあった、階級はストロー級、その余りにきゃしゃな出で立ちからはその強さをはかりしることはできないであろう。

 

和久井のミットを適格にヒットしていく和男はこのジムの門下生達の憧れでもあった、

数日後にはタイトル戦に繋がる大切な試合を控えている、今やその最終調整のさなかであった。

 

”よし、あがろう!”和久井がミットをおろし、マネージャーが和男にタオルを渡す、全身から吹き出す汗を拭う和男を和久井はトレーナ室に呼んだ。

 

煤けたその部屋で和久井は静かに切り出した、”なあ、実際どうなんだ?首の具合は、、”タオルを肩にかけ和男は笑みを浮かべながら”大丈夫ですよ、もう昔のことですから”ドアをあけ出ていく和男を見送りながら、和久井は胸のつかえを禁じ得なかった。

 

クールダウンしながら窓の外を眺める、、和男はあの事故のことを思い出していた、

6年前のことである、よくあるバイク事故だった、、直進する和男のバイクは対向する大型トラックの影になり確認することもできなかった右折してきたワゴンにはね飛ばされたのであった、一瞬の出来事であった、、和男は意識を失い次に目覚めた時のあの感覚を少しずつ思い出していた、病院の一室で目覚めた和男はすぐに異常に気がついた、右腕が無い、、、恐怖にかられながら左手で右腕を探る、、、あった!!右腕は確かにあった!しかしまるで自分の体の一部とは思えない生温い物体を触る感覚、、、そう彼の右腕は完全に麻痺していたのだった。首には口もあけられないような装具が胸から顎にかけてはめられていた。

 

それから数年和男は、痛む首と痺れる右腕を抱え必死にリハビリに励んだのだ、もう思い出したくも無い過酷なリハビリは彼に奇跡をもたらした。つぶれた頚椎によって圧迫されていた神経根は手術による除圧と理学療法で息を吹き返した、彼は右腕の知覚と力を取り戻したのだ。

 

それから数年後和男はこのジムの門をたたいた、自分の可能性を確かめるため、ボクシングを選んだ、もちろん頚椎の障害は完全には癒えず、彼はガラスの首に爆弾をかかえ戦いに挑むことになったのである。首のことはトレーナである和久井にしか相談していなかった、和男のボクサー生命を左右するその首の状態に和久井はつねに強い不安を感じていたのだ、和男が戦える方法は一つ!徹底したアウトボクシングに徹し完璧な防御を身につけ、決して顔面にパンチをもらわないことである。そのための技術を彼等はずっと磨いてきたのだった、現に和男の顔面をパンチが捕らえることなどあり得なかった、俊敏なフットワークと完璧な防御は和男の最大の武器だったのだ。

 

 

<2、浅沼公園ー捻挫再受傷>

 

その日、田辺陽子はリハビリを終え帰路についていた、いつもこの公園を横切って地下鉄の駅へ向かうのだが、彼女の右足はいくらサポーターでしっかり固定されているとはいえ、体重をかけるごとに激しく痛む。最近のリハビリはもっぱら失った足首の可動域を回復させることを目的としているが、そのメニューはセラピストによる強いマニュピレーションが中心であり、施術後の彼女の足はいつも強い痛みと熱感を発し冷湿布と痛み止めの坐薬を使ってからやっと帰宅できる日々だ。

 

痛む足を引きずりながら、ふと辺りの様子を伺うと冬の近付きとともに日が短くなり、もうその森深い公園の小道は足下すら見えない程暗くなっていた事に気付いた。陽子は急に不安になり痛む足をおして歩をはやめた、、、足場の悪いぬかるんだ暗い小道を足下をみながら歩いていたその時”ドン!!”軽い衝撃を感じて陽子は仰向けに倒れた、”キャ、、”

ふと見上げるとそこには五人程の柄の悪そうな連中が陽子を、無気味な笑いを浮かべ見下ろしていた、、そう、この辺りは最近物騒な事件が相次いでいるのだ。”す、すいません、、、”必死に立ち上がりその場を離れようとしたとき、むんずと縛った髪の毛を後ろから引っ張られた、、”ちょっと、話でもしません?お嬢さん、、、”ガムをかみながら陽子を羽交い締めにした男は、仲間に顎で合図をおくると陽子のスラックスのベルトに手をのばした、、、”やめてっ!”抵抗する陽子、足をじたばたさせ男を振払おうとするが敢え無く足もつかまれてしまう、、、”ひどい捻挫をして以来、いつもヒールのないサンダルを履いていた陽子だったが、右足のサンダルはサポーターをはめるため常にワンサイズ上のものをかっていたのだ、もがくうちにサンダルはとうに脱げてしまっていた。あれ?こいつ足にサポーターなんてはめてるぜ!おいおい、だいじょうぶかあ、、”ひなびた笑いをうかべ男は陽子の右足をつかむと、めずらしそうに眺めながら、陽子の傷んだ靭帯をかろうじて支えているサポーターのストラップをおもむろに外した、足首のつよい不安定感が陽子を襲う、、、”テーピングまでしてるぜ、こいつ、、ただの捻挫じゃあないみたいだなあ、こうすると、痛いのか?ああ?”男はおもむろに陽子の右足を内転させた、”ぎゃっ!!”伸ばされた靭帯はぴしぴしと音をたててちぎれて行く、、鋭い陽子の悲鳴が公園にこだまする。陽子は痛みの余り全身を硬直させ両腕を天にかざすような動きを発作的にみせた、両目からは涙が流れている。”こいつは、おもしれえや、ただの痛がり方じゃねえぞ、ほらお前もやってみろよ、、、その男達は陽子を押さえ付け次々と腫れ上がった右足をあらゆる方向にひねり続けた、そのつど脳天をつく激痛に”ふ、ん!ん!あっ!うほっ、、ふ、、ふ”と声にならない喘ぎをもらし、びくっ、びくっ、っと全身をこわばらせる陽子、、恐怖と激痛が彼女を襲い続ける。その右足は瞬く間に二倍以上に腫れ上がった、男達は容赦なく右足をひねり続ける、かろうじて右足に手厚く施された真っ白なテーピングが陽子の足首の捻転を限界内に抑えていた。”ははは、おもしれえや!なあ人間の足ってどのぐらい曲がるんだろうなあ?””わかんねえよ、やってみなよ!せっかくだからさあ、、へへへ””こいつが邪魔でさあ、あんまし曲がんねえんだよ、じゃまだあ、とっちまうぞ”1人の男が陽子のぶらぶらの足首を包んでいたサポーターをストラップを引きちぎりながら強引に外していく、、”いやああああ!!”絶望にも似た右足首の不安定感が明らかになるにつれ男達は陽子の傷付いたガラスの右足首をあらわにしていき、そしてついにかろうじてその関節をささえているテーピングをむしり取った。陽子は絶望と痛みに気を失いかけていた。

 

<3、平原ボクシングジムー左膝関節靭帯損傷>

 

あと数日、和男の調整は最終段階をむかえていた。もはやハードなトレーニングでは無くウェイトの管理と減量による体力の衰えを少しづつ実戦にむけ回復させるステップに入っていた。今度の相手は格下ではあるが、これまでをすべてKOで勝ち上がってきた、超ハードパンチャーである、もっとも和男にとっては当たらないパンチなど恐れるに足りず、足をつかったいつものアウトボクシングで勝機を掴むことができるはずだった。

 

和男はいつも通りのロードワークをこなし、クールダウンしながら公園を抜けていった、とそのときうすぐらい茂みの影で、数人の男が一人の女性を取り囲んでいるのを目にした、、女性は苦痛に顔をゆがめうめき声をあげ倒れていた。ただならぬ様子に和男は試合を控えた大切な時期であることもいとわず、彼等の中へ分け入った、、”なにやってんだ、おまえら!”女性を抱き起こそうとするが、彼女は足をいためているらしく立ち上がることができない、ふと背中に鈍い衝撃を感じた”ぐわあっ”背中をバットで殴られたおれこむ和男、なんとかこの女性だけでも救わなければ、、立ち上がりざま和男は素早いフットワークで正面の男二人にボデイブローを叩き込んだ、声も無く崩れていく二人、、、残りの男達は、和男がただ者では無い事に気付いた、和男は倒れている女性に駆け寄る!が、、一瞬間に合わなかった、彼女の喉元には鈍く光る刃物が突き立てられていた、その女性はもはや放心状態で抵抗すべくもない。”おい、てめえ、ちょっとでも抵抗してみろ!この女血まみれだぜ!!”和男は退路をうしなった、もはやなすすべは無い、、、残りの男は無言で和男の正面に立つと、おもむろにバットで和男の左ひざを砕いた、バキッ!!鈍い音とともに、和男は強烈な痛みを左脚に感じ地面に伏していた、今の一撃で確実に自分の足が折れたと確信した、息もできないほどの激痛にのたうちまわる和男!そこにさらに2度、3度とバットによる殴打が加えられた。軋む左脚をかばう事すらできず、和男は男達の左脚への打撃をなんの抵抗もできずくらい続けたのだ。意識が霞みかけたその時、誰かが来たのだろう、男どもはそそくさと姿をかくしてしまった。

 

和男は左脚を自分の手で触ってみる、そこにはパンパンにはれあがり、やけどをしそうな程熱をもった自分の左膝があった。”うーーん、、”もはや体位かえる事すらできない、いたみに身動きできないのだ。もだえる和男に誰かが近付いてきた、先ほどの女性だ、半分泣きそうな表情で、和男のベルトを緩めズボンを下げる、、わずかの動きでも激痛が襲う、ふと冷やっとした感覚が和男の左膝を包んだ、彼女が和男の左脚に湿布をしているのだった、”ごめんなさい、ごめんなさいね、私のせいで、こんな、、、なんてひどい、、、”彼女は和男の左脚の処置を涙を流しながら進めた、”ちょっと待って下さい、なにか固定できるものを探してきますから、、”そういうと彼女は

よろよろと立ち上がろうとしたが、低く”うっ”といううなりをあげ、倒れ込んでしまった、和男の目に彼女の右足首の引き裂かれたテーピングとサポーターが写った、、彼女もまた足を痛めているのだ、”待ってください、助けを呼びましよう、あなたも怪我をしている”

 

イヌの散歩の途中の老夫婦が二人をみつけ救急車を呼ぶまでの10分間、二人はこれまでの自分の経緯について語り合った。陽子はアスリートであり足の故障をかかえリハビリ中であった事、和男は数日後に試合を控えたボクサーである事、、、、陽子は和男の大切な時期に怪我をさせてしまった事に体して、非常なショックを受けていた。二人はそれぞれ膝と足首に固定用のシーネを当てられ別々の病院へと運ばれていった。

 

<4、愛信病院救急室ー膝関節腔穿刺>

 

和男は最寄りの総合病院へと搬送された、左膝はレントゲン撮影の結果骨には異常なく、靭帯損傷の疑いがあるとの事で、後日MRIによる精査が必要とのことであった。

 

和男の膝は太ももから踝まで頑丈な装具で固定されアイシングおよび痛み止めの注射が施された、”それではちょっと痛みますよ”担当の医師が整形外科医であったためその場で関節液の穿刺が行われた、太い針がズブリと和男の膝に突き立てられた、医師がシリンジを引くとどす黒い液体が排出される、”ああ、やはり靭帯をいためていますね”。関節液の排液によって関節の腫れがすこし解消され痛みが少し和らいだ様であった。

 

恐る恐る和男は今後の見通しをたずねた、”うーん、関節の動揺性はそれほどでは無いのですがやはり、靭帯の損傷程度によっては手術が必要になりますね、まあ詳しくは画像所見を確認してからで無いとなんとも言い兼ねます。”

 

強く入院をすすめる医師の言葉を聞き流し、和男は帰宅した。膝は疼き、装具による固定はすくなくとも診断確定まで必要とのことであった。もう時間が無い、、和男の意志は決まっていた、この状態で戦いに挑むしか選択の余地はなかった。

 

<5、共生病院、整形外科外来ー捻挫部位固定>

その日はめずらしく外来患者も少なく、広岡は残ったカルテの整理をしていた。このところ、理学療法士である佐々木との関係にも疲れを感じはじめていた、彼女の嫉妬深さに広岡は辟易としていたのであった。

 

看護婦の入れてくれたコーヒーを飲み終えたところで、机の電話がなった、救急外来からだ、”すいません、外来に外傷の患者さんが、、一応レントゲンだけは取りましたので、お願いします”救急担当医からであった。広岡は軽く背伸びをすると救急外来へ向かった、扉をあけた広岡は意外な光景を目にした。あの田辺である、彼女の右足は救急隊によってシーネ固定されていた、額には汗がにじみ苦悶の表情を浮かべている、、。”一体、何があったんですか、田辺さん?”赤黒く腫れ上がった右足を診察しながら、広岡はレントゲン写真に目をやった、どうやら骨折はないようだ。やっとのことでリハビリを重ねなんとか体重をのせて歩けるようになった右足は再び見るも無惨に痛めつけられていた。人為的に痛めた足首を何度も執拗に捻られたという、、、耳にするのも気の毒な状況であった。

 

”関節液を抜きます、準備を!あと坐薬を入れて下さい、弾性包帯とシーネを、、”幸い陽子の右足は痛めた靭帯の完全断裂を免れていた。”田辺さん、また数日は入院が必要です、腫れが引いた時点で、ギブス固定をします、多分2ヶ月は必要になりますね、、”、陽子は右足に湿布され、弾性包帯を巻かれさらにシーネ固定を受け再び整形外科病棟へと移されるのであった、悔し涙と、自分を救ってくれたあの男性を巻き込んでしまった事でくやしさに胸がはち切れそうであった。

 

その夜一人の男性が陽子を見舞った、陽子のあの競技会直後にわかれた真一であった、彼とは大学時代から将来を約束する中であったが、陽子の競技への情熱と相反するように彼への愛情は急速に醒めていき、ついに一方的な別れを告げるにいたったのである。彼は数年前から仕事も止め自暴自棄な生活をおくっていた、陽子はなんとかそんな彼を立ち直らせようと、サポートをつとめたが結局酒癖の悪さと女癖の悪さに、見切りをつけざるを得なかったのだ。

 

”陽子、なんで連絡してくれないんだ、前回の怪我の時もまったく面会してくれなかった、、本気で心配しているんだぞ!!”真一は声を荒げた。陽子はふとんをかぶったまま返事をしようとしない、、ただ、痛々しく真っ白に包帯された右足が天井から吊られているのだった、痛むのかときおり体をくねらせているのがわかる。”俺といればこんな事にはならなかったんだ、一緒にいた男は新しい彼氏なのかよ?、ふざけやがって!!俺は諦めねえぞ!!”陽子はふとんの中で耳を塞いだ、彼はいまや酒浸りの毎日をおくっている、かって愛した真一の面影はもはやなかった。しばらくの沈黙の後、真一は勢い良くドアをたたきあけると、部屋を出ていってしまった。その夜陽子は痛みと、和男にたいする申し訳なさで眠る事ができなかった。

寝返りも満足にうてず、病室の窓からは白んだ空が顔をのぞかせていた。

 

 

<6. 第一ラウンド左膝関節靭帯完全断裂>

勝負は早い段階での決着が予想されていた、和男のアウトボクシングか、ハードパンチャーの吉井か?和男はその鉄壁の防御とフットワークを活かし徹底的なカウンター狙いである。たいして吉井は階級を超越した重い一発を持っている、これを食らえば頸椎に爆弾を抱えた身では、いくら和男といえども一瞬にしてリングの塵と化してしまうだろう。

 

ゴング直前観衆の目には和男の左膝に手厚く施されたテーピングとサポーターが移った、足を痛めているのか?それとも一種の陽動作戦か?思いは吉井も同じだった、ふつうボクサーならどこかを痛めていても、相手にそれを悟られまいとして隠すのが普通である、吉井は困惑していた。緊張のゴングが鳴った!!

 

お互い短いジャブを応酬しつつ、右へ右へと回転していく、ゆっくりと互いの距離がお互いの射程距離へと慎重に縮まっていく、先に先制するのはどちらか?一瞬吉井の足がとまる、すかさず和男の左ジャブが吉井の左ほほをかすめる、左を連打しながら一気に和男は距離をつめる、一瞬吉井の右が和男の額をかすめる、重いパンチだが軌跡がみえない、侮れない相手のパンチに和男は再び距離をとった。短いジャブの応酬が続く、、

 

ゴングが緊張をやぶった。第一ラウンド、和男のフットワークに乱れは見えない、やはり足のテーピングはフェイクなのか?吉井はその疑問を捨て去った、いつもの通り一発を当てればいい事だ、マウスピースを受け取り第二ラウンドへと飛び出していく。

 

和男は、焦りを感じていた、、左膝はやはりまともに機能していなかった、サイドステップの度、関節がずれ鈍い痛みが脳天を貫く、、しかしここまではなんとかいつもの動きを維持できている、、勝負を急ぐ必要がある、この膝はあまり持たない、、。

和男の焦りはセコンドの和久井にも通じていた、、、”和男、焦るな、、不用意に飛び込むなよ、、やつにはあの一発があるんだ、もし顔面にくらったらお前の首は砕けてしまう、、”

 

観衆が一気に湧いた、和男のカウンターが決まったのだ、まさに一瞬の出来事だった、吉井の右から左へのコンビネーションを鮮やかなフットワークでかわし、続く渾身のストレートに絶妙な和男のカウンターが決まったのだった。吉井はコーナーへ追い詰められ、防戦一方である。いける!和男は一気に連打を放った、、、しかし足をとめての打ち合いには吉井に歩があった、一瞬のすきをついて吉井のアッパーが和男を襲う、顎先をかすめただけでも和男の顎は大きく天に突き上げられ、一瞬和男の首に鋭い電激が走る!!あわてて距離を取る和男を吉井が追撃する、真直ぐ前に出る吉井に対し、右へ左へと足を使って相手を翻弄する、、吉井の右フックが大きく空をきった!スウェーから左へ体重をのせ和男はがら空きの左テンプルを狙う、かがんだ状態から大きくのびながら左ストレートを放つ和男、、、その瞬間である、一瞬和男の上体ががくっと崩れた、和男の左ストレートはわずかに吉井のテンプルをはずし左肩にヒットした。

 

リング上には左膝をついて苦悶の表情を浮かべる和男の姿があった、、観衆の誰もが確信した、、左膝は相当悪いのだ。レフリーがスリップダウウンをとる。なんとか立ち上がった和男だがもはや全く足を使えない、棒立ちの状態であった。はげしい体のねん転に、和男の左膝は耐えられなかったのだ。勝利への確信をえた吉井が膝を痛めフットワークを失った和男に襲い掛かる。勝負はあった、そうだれもが確信した時、ゴングが時間を止めた。

 

<7. 第3ラウンド顔面圧潰頚椎損傷>

和男サイドのセコンドは悲愴感に満ちていた、、”和男、、お前、、”和久井はもはや策を提示できなかった。”トレーナー、この試合絶対にタオル投げないで下さい、最後は自分できめます、、どのみちこれが最後ですから、、”

膝の靭帯損傷を負った和男はもはや得意とするアウトボクシングを封じられてしまった、和男には頚椎損傷という古傷があり首に爆弾を抱えているのだ、ハードパンチャー吉井を前にしてフットワークを使えない和男はまさにサンドバッグとしかいえなかった。

急いで、膝のテーピングを巻きなおす、なんとか膝の動揺をおさえるのだ、、さらにサポーターのストラップをきつく締め直したもののもはやフットワークなどというレベルの問題では無かった、立っているのもやっとのはずである。

 

ゴングが鳴るや否や吉井の猛攻が始まった、真直ぐ懐に飛び込んでくる、重い右が和男のガードを打ち崩していく、サイドステップを踏もうにも左膝はもはや完全に関節の支持を失い、吉井の距離での打ち合いが続いた、ついに均衡が破れる、、、!吉井の右にカウンターをあわせた和男だったが、下半身のバネを使う事ができないため決定的なダメージを与えられない!吉井はカウンターをものともせず、和男の左頬に渾身の右を放った!

 

大きく和男の顔面が歪む!超高速で吹き飛ぶ和男の頭部、、和男の首はギリギリまで右へねじられ!完全に右へねじれた顔面はさらに正面から左頬へ向けもう一度右ストレートで叩き付けられる。和男の首は軋み、強烈な電流が右肩を襲った。和男のガラスの頚椎はこの打撃によって強烈なダメージを負った!!飛び出た椎間板が和男の神経を圧迫し痛みの余り和男は首を動かす事ができない、わずかにでも動かせば、電流が流れるような痛みが、首から指先にまで走るのである、わずかなステップをふむ振動ですら、激烈な痛みを和男に与えていた。和男はなんとか右へ回り込み逃れようとするが、足がいう事をきかない、、和男の首はもはや右にねじられたまま、顔を正面に戻す事はできなかった、変型した頸椎が捻転したまま引っ掛かっているのだ、、頚部が焼けるように痛み、激痛に悶絶する和男、、。視界を失った和男は顎に強烈な衝撃を感じた!吉井の左アッパーが和男の顎をまともに捕らえた。大きく投げ出される和男の頭部、、和男の首は大きく仰け反り、強烈な電流が首から肛門を貫いた!!和男は目を見開き左半身を痙攣させた、しかし意識ははっきりしている、和男は正面から吉井へ向かう、右左と面白いようにヒットする吉井のストレート!その度和男の頭部は右へ左へ大きく投げ出されたボールの様に振られ、和男の首はその度に、本来の関節可動域をこえた方向へとねじられていく、まるで高圧電線に感電したように打撃をうけるたび和男の上半身は痙攣した。もはやリング上の光景を正視できる者はいなかった。リングサイドに松葉づえをつき駆け付けた陽子を除いては、、、、。吉井の右が正面から和男の顔面を捕らえた!和男の首はねじ切れそうな勢いで反り返る、頚椎が軋み両腕にしびれが走った!和男のガラスの頚椎はついに砕けたのである、腕へと走る神経は潰れた頚椎に圧迫されもはやガードを上げる事もできない、コーナーにつまった和男にもう一度右ストレートが打ち込まれた、パンチで歪んだ和男の顔は体に対して真後ろを向いていた、もう首が持たない!頚椎に激烈な痛みが走る、左の首筋がブチブチと音をたててきれていく、、右腕にふたたび強烈な電撃痛が走る!和男の首は目一杯右にねじられた。それでも倒れない、、、アッパー!!首がぬけそうな程和男の顎が天へ突き上げられる、のび切った首がめりめり音をたてながら引き延ばされていく。

 

観衆の歓声は悲鳴に変わった。

 

和男の鼻は大きくひしゃげ、顔面は大きく歪み、左まぶたは破裂しそうに腫れ上がっていた、左顔面全体がパンパンであった。何より和男の首は和久井の連打を受け右に左に面白いようにねじられ、完全に頚椎の限界をこえた過伸展、過屈曲、過ねん転をしつようなまでに強いられたのだ、和男の首は繰り返された捻挫で今や肩幅まで腫れ上がり尋常な太さではなくなっていた、、。

和男は、首を目一杯引き延ばされたままの格好で、静かにマットに沈んだ、、、かに思えた、、しかし倒れない、、もはやガードを上げる事も無く前屈みの姿勢でかろうじてロープに支えられ立っている和男、、陽子は涙に歪んだ表情で声にならない叫びを上げていた”もう、たたないで、、お願い、、、もうやめて、、、”

 

和男の首は異様な方向にねじれていた、、鼻は完全につぶれおびただしい出血が鼻の孔から吹き出していた、、

 

和男はしずかに前のめりに崩れかけた、、最後の瞬間が近付いていた、、とそのとき鋭くそして重いアッパーが和男の潰れた顔面を正面から打ち砕いた、和男の上半身は激しくのけぞった、和男の首はこれ以上に無い角度で反り返った、、両側の胸鎖乳突筋がブチブチと音をたてて断裂していく、、、白目をむいて和男は最後のうめき声をあげた、、、和男のトランクスの股間から黄色い液体がシタシタと流れ落ちる、、、失禁、脱糞しているのだ。

和男の首はもはやかろうじて体幹との連続性を保っているだけだった、白いタオルがリングに舞い落ちた、、、すべて遅すぎたのだ。

 

田辺陽子はリングサイドに程近い場所で和男の戦いをみていた、まさに正視に堪え難い試合であった、この試合の結末が自分によってもたらせられた物である事を、陽子は狂おしいまでの悲しみと和男に対する申し訳なさを感じつつ、立ち尽くしていた。痛めていた頚椎を執拗に攻められ、ついにマットに沈んだ和男、、、私のせいで、、、陽子は、悲鳴を上げそうだった。

 

<8. 緊急搬送>

リングの上は戦場のようだった、セコンドが駆け寄り和男の処置をする、完全に意識を失っている和男は激しい痙攣を繰り返していた、、びくっつ!びくっっ!と手足が電撃を受けたように硬直して痙攣している。リングドクターの支持のもとスタッフが和男の首をカラーで固定しようとするが砕けた首の骨が引っ掛かって和男の首は横を向いたままもとには容易に戻らない、少しでも捻ろうとすると歪んだ顔から悲鳴のようなうめき声がもれた、仕方なく横を向いたまま頚部は固定された、両方の鼻腔からは出血が激しく大量の綿栓が挿入されたがそれとて鼻骨を砕かれ骨折している和男にとっては地獄の苦しみだった、左のまぶたはまるで熟し切ったプラムのようにはれあがり左目をふさいでいた、顎は顎で強烈なアッパーとストレートを何度も叩き込まれたため、おそらく骨折しているのであろうか、完全に上顎との整合性を失い力無く口が開いていた、和久井は和男の左頬から顎にかけテーピングで応急的に顎関節を固定した。左膝もアイシングと固定が施され、顔面は氷のうで冷やされ、そっと担架にのせられると。静かに病院へと運ばれていった。

 

リングサイドを運ばれていく和男は嗚咽とうめき声を上げ身の置きどころの無い激痛にのたうちまわった、、その手を陽子はもみくちゃにされながら握り続けた、救急車に同乗した陽子は、必死の看病を誓うのであった。

 

病院到着、ストレッチャーから移された和男を一瞥すると医師は病院スタッフに指示を出していく、和男の左手には点滴が刺され、幾種かの薬剤が投与された、すぐさま看護婦が二人がかりで尿道留置カテーテルの挿入に取りかかった、尿道孔にゼリーをたらし、鉗子を使って挿入していく、、尿道の違和感に和男は意識を取り戻した、、顔面が噴火しているような熱感と激しい痛みが襲いかかる!呼吸ができない!!喉の奥にたまった血液を飲み込んでは、むせかえした、、必死で歯を食いしばろうとするが、痛む顎はぐらぐらで口を開く事も閉じる事もできない、血の混じった唾液が口角から滴り落ちてくる。事態はすぐに把握できた、試合中膝をいためてからはすでに予想していた結末である。尿道をかたい何かがスルスルと滑り込んでくるのが分かる、が急に痛みを感じた。”うっく”呻く和男、、看護婦はカテーテルを何度か前後させる、その度カテーテルの尖端が尿同孔の内部をいったり来たりして、和男は思わずぶるっると身震いをした。頚部に痛みが走る!!”先生、カテが前立腺部でひっかかってしまいます、どうやらカテーテルが順調に尿道に入っていかないようです。””あとにしろ、まず頭部CTと頚椎の写真だ!”

 

尿道にカテーテルを突き刺したまま和男はまるでぼろ雑巾のようなていで低いうめき声をあげながら、ストレッチャーでレントゲン室へ運ばれていった、、、、。陽子は痛む右足を引きずりながら和男のそばを一時も離れようとはしなかった。

 

<9.頚椎損傷頭部直達牽引>

 

和男の怪我は、かなりひどいものであった、頚椎の圧迫骨折および頚椎捻挫、胸鎖乳突筋断裂、頚椎椎間板ヘルニア、、、和男の首は文字どおりねじ切られ碎かれていたのだ。骨は砕け、飛び出した軟部組織が神経を圧迫していた。顔面もみごとに潰されていた、鼻はまともにくらったストレートで圧潰しさらにフックによって骨折した鼻骨は激しく転位し原形を失っていた。顎も下顎骨を骨折しさらに顎関節はパンチの衝撃で完全に脱きゅうしていた。

 

和男の処置は過酷で凄惨なものとなった、まず頚椎の処置が行われた、和男の首は曲がったまま簡単には戻らなかった、まず首の付け根と後頭部に4本の鎮痛剤が打たれた、医師は透視を見ながら慎重に和男の頚椎を整復位へと戻していく、、ぶちぶちゴリゴリ、、っと鈍い音をたてながら和男の首はねじられていく。その痛みに和男は気を失いかけた。時々肩にかけて強い電流が走る!!”はあああああ”涙をながしながら悶える和男、、脳髄を針で突かれるような激痛が断続的に起こり、意識を失いかける、、中途半端に挿入されていた尿道カテーテルの尖端からは、弱々しく和男の失禁した尿が滴り落ちていた、、、もうろうとしながらも和男はこれに耐えた。整復位をえた頚椎はすぐさま固定され持続牽引のためのハーネスが和男の頭蓋骨にネジ止めされた。圧迫骨折を起こした頚椎は除圧のため強力な牽引が必要なのだ、そのため頭を固定し牽引するための金具を頭蓋骨にネジ止めするのだ。

 

”じゃあ、ドリルを!”それはまるで大工仕事であった、和男の頭に鉄製の頑丈なリングが被せられた、そのリングにはネジ孔がついており、医師はその孔をとおして太い鋼鉄製のビスを全部で8本和男の頭骸骨にドリルで孔をあけた後、ぐりぐりとねじ込んで固定するのであった。ドリルで頭に孔をあけられる感覚はけして言い様のない痛みと衝撃であった。和男は折れた顎で叫び声もあげられずにひたすらこれに耐えた。医師と看護婦3人係で固定していく、太いマイナスドライバーでドリルであけた孔から、ぎりぎりとビスをねじ込んでいく、、、頭の骨をビスが貫通してくるのが分かる、、、歯の浮くような感じだった、、和男の頭の全周のネジ孔からポタポタと血が滴り落ちてくる、、、もじどおり頭を四方八方から締め付けられた和男はそのままベッドへ固定され頭のリングには重いウエイトがかけられた。和男の首は強烈な力で引き延ばされ固定されたのだ。

 

<10.下顎骨骨折整復、鋼線縫合固定>

”これで少し楽になりますからね、腕の感覚ももしかするとある程度回復するかも知れませんよ””じゃあ、創部の消毒をお願いします””次は下顎骨の固定をしましょう”

”まず脱きゅうを整復しますよ”ベッドに横たわった和男の顎にまた2本の注射が打ち込まれた、苦いあじが口の中を広がっていく、医師は強引に和男の口を開いた、脳天に突き刺さるような痛みに叫ぼうにも叫べなかった、和男はよだれを流し”ハァ?ヒィ?イ?”と声にならない声をあげ続けた、救急室の外のベンチで和男の容態を気遣う陽子は和男の悲鳴に耳を覆った。”ああ、、私のせいで、、和男さん、、”

 

力なく開いた和男の口から医師は奥歯と顎の後側を押さえるように掴み、一気に渾身の力をこめて和男の下顎骨を前方に引き出し突き上げた、和男は白目を向いて一瞬全身をびくっと痙攣させた。和男はまた失禁していた、、股間の暖かい感触に我にかえった和男だったがもはや虫の息だった”いいのよ、気にしなくて、、カテーテルをいれていなかったから仕方が無いの、、あとでおむつをしてあげましょうね”看護婦が手際よくぬれたシーツと下半身を処置してくれた。顎は入ったらしい、次は一体何をされるのだろうか?もはや和男には抵抗する気力も残っていなかった、和男の股間には大きな成人用のおむつが当てられた、”これで、もう心配ないですよ、恥ずかしがらずにしていいんですからね”

 

ポータブルで写真を取られたあと、医師がふたたびやってきた、その手には細い針金のようなものが握られている。”下顎骨はきれいに入った様です、骨折しているので姑く固定が必要になります、これからやりますからね”顎関節の固定は上顎と下顎を針金で結んで固定するのだった、医師はその針金を和男の上顎と下顎の歯茎に突き刺し縫うように針金を結んでいった、和男の歯茎は10ケ所程針金を通されてきっちりと結ばれた。もう和男は放心状態であった。和男の全身は小刻みに震え、血の気の引いた顔面はロウ人形のようだった、看護婦は和男の血だらけの顔面をていねいにガーゼで拭き、体に毛布をかけてくれた。

 

<11. 鼻骨骨折徒手整復>

”さて、こいつはどうしたものか?”医師は和男の鼻骨の写真を眺め思案していた、先ほどから和男の処置に立ち会っていた和久井はあまりに過酷な処置に和男の姿を正視できなくなっていた、”先生、和男の鼻は潰れちまってるんですか?””ええ、おそらく完全な整復は難しいでしょう、、しかしここで整復しておかないと、鼻腔がせまくなって呼吸に支障を来しかねません、二次的に観血的な整復をするとしてもここである程度までもとに戻しておく必要があるんですよ、、、かなりつらい処置ですがもうひとがんばりですよ”和久井はもうみてはいられなかった、、静かにドアをあけ外へ出ていく和久井、、。

鼻骨骨折の整復が始まった、処置の前に和男の肛門から鎮痛剤の坐薬が挿入された、看護婦二人が和男の手を握り処置に備えた、整復は過酷であった、まず医師はマギール鉗子という長い鉄製の鉗子を和男の両方の鼻の孔に突っ込んだ、”ぐわっつ!”鼻がちぎれそうな痛みが和男を襲う!和男の両方の鼻から鮮血がほとばしる!和男は鼻腔から咽頭に流れ込む鼻血を口から吐き出しながらかろうじて自らの呼吸を保っていた。顔面全体が軋む、、、痛みはもう想像をこえ和男の顔面は火をふくようだった。目からは涙が溢れ、血液と混じりあい顎先から滴り落ちていく、、、医師はものともせずその鉗子をさらに奥深く進め、鼻中隔を鉗子で鼻の孔の中側から摘むと一気に鼻全体を鉗子で持ち上げた!ゴリッツゴキゴキィッツ鈍い音をたて和男の顔面にめり込んだ鼻が強制的に立ち上げられた。悲鳴は聞こえなかった、、、和男は気を失い失禁はおろか脱糞していたのだった、、、。

 

<12. 病室にて坐薬挿入>

”和男さん!!和男さん!!、、、”そのせつなげな声に和男はうっすらと腫れ上がったまぶたをわずかに開いた、、陽子が点滴された和男の腕をなでながら心配そうによりそっていた、陽子は一晩中アイスバッグを手に、和男の痛々しく腫れ上がった顔面や首筋などをひたすらアイシングしてくれていたのだった、陽子はあの日自分を救ってくれたその男の顔を愛おしく見つめていた、その顔には何枚ものガーゼが当てられ、両方の鼻の孔にはみっちりと綿がつめられていた、さらに鼻にはアルミ製のガードが絆創膏で固定されており、左のまぶたと両頬には湿布があてられ、さらに針金で縫い合わされた顎はさらに肌色の伸縮性のテープで手厚く固定され、その上に湿布が当てられていた。頭にはまるで孫悟空のように鉄の輪がはめられそれは直接頭骸骨にボルトで固定され、それを介して大掛かりな牽引用のラックに接続されていた、、和男の首は強烈な力で牽引されまっすぐに引き延ばされている、、その頚椎には顎から胸までを支える特殊な装具でさらに固定されていた。体幹はベッドに腰のところでベルト固定され、頭部の牽引が確実なものとなっていた。左膝はブレースで固定されているもののなんの手も加えられていなかった、、、看護婦が湿布をあて弾性包帯でアイシングパックを固定してくれた。両腕の感覚が無い、、動かす事もできない、口も開けず、話そうとすると顔面の激痛が和男を襲った、、顔面は破裂しそうなほどはれている感じがした。涙があふれて視界も定かでは無い、、、そばに寄り添っているのは、、あの時の女性なのか、、?記憶すら定かでは無い、、、握ってくれているその手が、とても暖かかった。

 

看護婦が坐薬を入れにやってきた、なされるがままおむつをはずされ、肛門にゼリーを注入し慣れた手付きで坐薬を滑り込ませる、、肛門管をすり抜ける瞬間和男はわずかに身じろぎするのだった、、、。顔面の湿布を交換しながら看護婦は返事もできない和男にむかって独り言のように話し掛ける、、”こんなになるまで殴られるなんて、、信じられないスポーツよねえ、、ひどすぎるよね、きっとよくなるからね、、、”和男は針金とテーピングで固定された痛む顎を強く噛み締めながら、自分のボクサー生命が断たれた事を改めて自覚するのだった。

 

<13.共生病院整形外科外来>

”うん、いいね腫れもよほどひいてきたよ、そろそろまた理学療法を始めようか、、”

広岡医師は陽子の足首を診察しながら、次回の理学療法指示をカルテに記入しはじめた。陽子の足首は先日帰宅途中に暴漢に痛めつけられたあと、再び順調な回復を示していた。

”先生、わたしもう走れないんでしょうか?””そんなことはないよ、ただ、、、競技レベルへの復帰はまず不可能だね。残念ながら、、今回の再受傷でオペのタイミングも逸してしまった、、このまま保存的に見るのがいいような気がするけれど、、、”陽子はうつむきながら、看護婦の手により湿布され弾性包帯でふたたびくるまれていく自分の足首を呆然と見つめていた、、いつしかその光景は涙に歪んでいくのだった。

ふと、あのボクサー和男の事が陽子の胸をよぎった、彼も私のせいで選手生命を断たれてしまったのだ、、、私のせいで、、、いても立ってもいられなくなった陽子は、その日のリハビリをキャンセルし、和男のもとへと急ぐのだった、、、、。

 

和男は共生病院の7階にいた、エレベーターに乗り込んだ陽子は、ぎょっとして立ち止まった、、真一だ。今はもう心も遠く離れてしまった恋人真一、、、陽子に捨てられ、今ではかなりすさんだ暮らしぶりらしい。そんな真一がなぜここに?真一は陽子が競技会で負傷し入院して以来、彼女の周りを付きまとうようになっていた。

彼女の気持ちが自分から離れたのは、第3者の存在によるものだと強く信じていたのだ、苦しい程のさい疑心と、陽子へのそして陽子を奪い去った新しい男への強い怒りが、彼の人格をゆがめはじめていた。

 

<14. 尿道バルーンカテーテル事故抜去>

 

陽子は痛々しい姿で、ベッドに横たわる和男のかたわらにいた。白い手は和男の腫れ上がった左膝を優しく辿り、やけどしそうな程の熱感を保つ和男の歪んだ左頬をやさしく撫でていく、、和男の両方の鼻孔には赤黒い血液のしみた脱脂綿がぎっしりと詰め込まれ、アルミ製のシーネが折れた鼻骨をかろうじて支えていた。左の頬は耳の下から顎先にかけ、強固にテーピングを施され、その上から華やかな芳香を放つ真っ白な湿布があてられ、顔面の痛みを和らげていた。左の腫れ上がった眼瞼は絆創膏の上から湿布されていた。和男の顔面は熱を帯び、陽子は頻回に和男の顔面の湿布を交換する事で少しでも和男の苦痛を和らげようと必死だった。どす黒く打撲にまみれ歪んだ和男の顔面と真っ白な湿布は鮮やかなコントラストをかもし出していた。鼻栓をされ、顎も固定され開口困難な和男は、酸素マスクを当てられその呼吸をなんとか保っていた、意識はもうろうとし、陽子の存在にもはたして気付いているかどうか、、、?

 

連日の看病で疲労がたまったのか、陽子はいつの間にかうたた寝をしていたようだった、ふと時計を見上げると明け方の3時頃であろうか?仮眠を取ろうと腰を上げた陽子の視界に、人陰が映った、、、真一だ!!

 

真一は両手を握りしめ、怒りの表情をあらわにしている。”こいつか?!こんなやつのために、寝ずの看病をしてるのかよお! 一体いつからこいつとつきあっていたんだ?結婚だって話し合ったはずだろう、おれたち!!”

 

陽子は立ち上がる事ができなかった、真一は完全に誤解しているのだ、真一は和男に対して強烈な怒りを抱いてしまっている!”ちがう!!ちがうの?誤解よ、、私達つきあってなんか、、””ふざけるなあ!!”真一は怒りに任せ、身動きのできない和男の掛け布団を剥ぎ取った!!

傷だらけの和男のからだがあらわになる、、、全身打撲だらけで頭部をハーネスを介して吊るされ、砕けた首を保護するため顎から胸にかけがっちりした装具で固定されている。顔面は歪み、顎は針金で固定され、骨折し整復された鼻を金属のカバーが保護している、体幹はベルトで強固にベットに固定され、左脚は可動性のない大袈裟なブレースで全体を覆われて氷のうとともに天井から吊るされていた。”こいつが、、、こんなやつが、、、くそっつ!!”真一はおもむろに蓄尿バッグから和男の尿道に繋がっているカテーテルを掴むと、渾身の力でそれを引っ張った!和男に戦慄がはしった!!一体自分の身に何が起きているのか?和男は全く把握できない、、、和男の燐茎は真下に向け引き延ばされた!真一は異様な抵抗を覚えた、カテーテルは抜けない!和男は下腹部に激烈な圧迫感を感じ、腰を浮かした、、、、ひいーひいーと吐息がもれる、腰が痺れるような衝撃だ!和男はマットに沈んだあとの意識が混乱していた、、一体自分の身になにが起きようとしているのかパニックに陥っていた、燐茎が痛い!!真一は反動をつけ目一杯伸びきった、シリコン製の尿道カテーテルをさらに渾身の力で引き抜いた、めりめりめりいいいっつ!和男の尿道括約筋を目一杯に膨らんだバルーンがむりやり押し広げて尿道を通過していく!限界まで引き延ばされた尿道括約筋はブチブチと断裂しさらにバルーンが尿道の限界をこえ引き抜かれていく、和男の燐茎はまるで卵を飲み込んだヘビの様に変型しながらバルーンを吐き出した、尿道からはおびただしい出血がほとばしった!!和男は開かぬ口で”うぎゃああああああ”とうめき声を上げ白目を上げて失神した。腰だけがひくひくと痙攣を続けている、、、、本来なら強固にカテーテルを膀胱内に固定しているはずのバルーンを拡張したまま、尿道からカテーテルを引き抜かれたのだ、、、和男の尿道は完全に崩壊し、粘膜はずたずたに引き裂かれてしまった!

 

陽子は、その光景に気を失いかけていた、、、”ひゃっひゃっひゃああ、、ざまあないぜ!!俺の女に手を出すからこういう目にあうんだよ、、”真一は鮮血に染まるバルーンを手に満足げな笑みを浮かべながら、狂ったように外へ飛び出していった。

激痛にたえるように、和男の腰が律動を続けている、、、我にかえった陽子は、和男の地頭をガーゼでくるみ必死の止血を行いながら、ナースコールを押すのだった。”まあ、和男さん自分で抜いちゃったの?尿道を傷付けてしまうわよ、、今日は遅いから明日にでも先生に見てもらいましょうね”看護婦は和男の燐茎にガーゼを当て軽く圧迫し、痛み止めの坐薬を挿入すると、低くあくびをしながら出ていった。陽子は、今起きた出来事を看護婦に話す事ができなかった、、、、。

一晩中、和男のうめき声が部屋に響いた、、、、。

 

 

<15. 尿道損傷カテーテル再挿入>

看護婦が和男の異変に気付いたのは朝一番の巡回時だった、38度の発熱があり呼吸も頻回だ、、いつものように痛々しく身体各部を固定された和男の体を暖かいタオルで清拭していた看護婦は、和男の燐茎が青黒く変色しさらにその付け根が赤く熱をおびて腫れ上がっているのに気付いた。”和男さん、痛みますか?”看護婦は和男の赤黒く腫脹した燐茎をタオルでくるみながら優しくマッサージしてみる、、が和男はただ低く呻くばかりであった、、涙をながしている、、、”先生をよんで!!”看護婦は同伴していた看護学生に指示をし、和男の燐茎のアイシングを開始した、シリコン製のアイスバックを燐茎の根元からゆっくりと地頭へむけ滑らしていく、わずかに拍動しながら和男の燐茎は直立していた、優しくマッサージをしながら看護婦による手厚いアイシングは続いた。すぐさま主治医が到着した”どうしたんだ?””和男さん昨夜尿道カテーテルの自己抜去があって、そのまま様子を見ていたんですが、今日になって燐茎の腫脹が出てきました、、先生、、、””尿量は?、、、ふむ、、、尿道孔から出血もあるな、、””よし、抗生剤のテストを、、、カテーテルを再挿入するぞ!!”

待合所にいた陽子は慌ただしい動きに、和男の部屋へと戻ってきた、、、陽子は和男の陰部に処置が施されようとしているのに気付くと、昨日の出来事を一部始終、主治医に話した。和男は燐茎の灼熱感に耐えながらただ処置が始まるのを待った。”そうか、きっとそのときバルーンで尿道を損傷したんでしょう、、とにかくカテーテルの再挿入が必要です、和男さん痛みますが我慢ですよ!!”医師はおもむろに、和男の腫れ上がった燐茎を保持すると、尿道孔にゼリーをたらし、カテーテルをぐいっと滑り込ませた、、、”うぐうううう。。。”激しい灼熱感がカテーテルの挿入に伴い込み上げてくる、腰をくねらせ和男は悶えた、”ぐおおおおおお””和男さん力をぬいて!お口をひらいてね!”看護婦が痛みの余り身悶える和男を必死で押さえる、、、その痛みは尋常なものでは無かった、、炎症をおこし癒着しかけた尿道粘膜をミリミリと剥がしながらカテーテルが和男の燐茎の中を進んでいく、焼けた針金を突き刺されるような感触がやがて前立腺の辺りでとまった、医師はさらに力をいれカテーテルを押す、”はああくぐうううん”和男は汗びっしょりで痛みにたえる、、陽子はめりめりと和男の燐茎に突き刺されるカテーテルを正視できなかった、医師はなんども前立腺の辺りでカテーテルを前後させた、、そのたび和男の腰は上下に激しく運動し激しい痛みに耐え続けた、和男は固定された口からひーひーーひーとカテーテルの動きにあわせ声をもらす、次第にふるえが始まった。”だめだ、前立腺部分で尿道が狭くなっていてこれ以上は進まない! 泌尿器科のドクターを呼んでくれ!!”和男の尿道は癒着がひどく、カテーテルをすすめる事ができなかったのだ。看護婦は和男の腫れ上がった燐茎に湿布し両手で優しく保持してくれた。冷たい感触が和男にひとときの安息を与えてくれた。

 

<16. 尿道ブジーによる尿道拡張術>

"こいつはひどい、、、感染を起こしてますね。"泌尿器科医師は和男の燐茎を診察しながら呟いた、湿布をはがされ、方向をかえられる度に和男の燐茎はその基部にかけ激しく痛んだ。”じゃあ、サイズを変えましょう”まず泌尿器科医は看護婦に指示し、キシロカイン入りのゼリーを注射器に入れさせた、医師はシリンジを受け取るとおもむろに注射器の尖端を和男の尿道孔におしあて、渾身の力でゼリーを注入した!ぬるぬるとゼリーが和男の尿道に注入されていく、和男はまるで自分の燐茎を通してなにかミミズやヘビのような生き物が体内に滑り込んでくるような違和感を感じた、ゼリーが前立腺の辺りにくると焼けるような痛みが和男を襲う、腰を突き立て”あっふん、、んん、、うっっく”と声をもらし、小刻みに震えていた。つぎにカテーテルの挿入が試みられたが、悲鳴をあげ続ける和男の姿に、断念せざるをえなかった。和男の燐茎に突き刺さったままのカテーテルをすーっと引き抜く、和男は臀部から燐茎そして地頭にかけてまるで電気が流れるような衝撃を受け、ぶるるっと身震いした、カテーテルの尖端が和男の尿道の粘膜を内側からすーっと撫でていくような感触だ、おもわず”ふーーー”と和男は声を上げた。

にょろっと、引き抜かれたカテーテルは血だらけだった。

陽子は和男の汗だくの手を握りしめ、臆しながらも尋ねた、、”先生、和男さんはどうなってしまうんですか?まだ痛い事をしなくちゃいけないんですか?もうこれいじょうは、、、先生!”泌尿器科医師はこれからの処置の流れを説明した”尿道を損傷して奥の方で癒着をおこし、尿道が閉塞しています、尿道の安静と膀胱の洗浄のためカテーテルを挿入して治療しなければいけません、すでに感染も起こしています、これから癒着した和男さんの尿道を再開通させるため、尿道ブジーを行います”陽子はびっくりしてたずねた”尿道ブジーってなんなんですか?また痛みがつよいんですか?これ以上はあんまりです!!どうか、もう、、”泌尿器科医はしかめっ面をしてこたえる”尿道ブジーというのは、金属で出来た棒です、細いのから順に尿道に突き刺していって、無理矢理尿道をはがして広げるための物です、痛みは相当の物ですが止むを得ないのですよ、、、ではいきますよ”

看護婦がすかさず痛み止めの坐薬を2つ和男の肛門に滑り込ませた。まず一本目、尿道孔から差し込まれたブジーが和男の燐茎を不自然に直線化しながら進んでいく、、、”ぎやあああああああ”すでに口を開く事すらできない和男が腰を上下に激しく振りながら悲鳴をあげる、ピカピカ光る硬い金属のブジーがめりめりっと和男の尿道孔から差し込まれる、ずぶっ、、、ずぶっ、、和男は燐茎を貫く鋭いいたみに腰をあげブリッジを取るような体勢で硬直している、まるで燐茎の内面から100本もの太い注射を打たれているようだ、、、頭の先から胸部までを装具と牽引装置で固定されている和男に逃げ場など無かった、、、前立腺のあたりに熱い鋭い痛みをかんじ、ぷつっつ!という感触を感じた時、一本目の挿入が完了した。”がくん!と和男の腰が砕け、その口から深いため息がもれた、、、。では2本めです、今度は少し太めのやつですよ、、、””いぎゃああああああ”フロア一帯に和男の悲鳴がこだました、陽子は目の前に繰り広げられる過酷な処置に、目を背けざるを得なかった、ただひたすら和男の下腹部を優しく撫で続ける事しか彼女にはできなかったのである。”私のせいで和男さんの燐茎はこんな事になってしまったのね、、、ごめんなさい、ごめんなさい、、和男さん”痛む右足首にぐっと力をいれうつむく陽子だった。

 

2本目の挿入はさらに強い痛みを伴った、和男は目を見開いたまま完全に硬直してしまっている、”先生!サチュレーション95%です!!”看護婦がモニターに目をやり報告する”よし、いいだろう、、和男さん我慢ですよ!”2本目のブジーが狭窄部を通過していく、燐茎の肉の中を太い針金がずぶずぶと進んでいくのだ、、、和男の燐茎はもはや3倍にまでどす黒く腫れ上がっていた。和男は失神している、、

さあ、どんどんいきますよ、、、和男の尿道孔からは鮮血がしたしたとこぼれ落ち、和男は意識をうしなったまま、ただぶるぶると震えていた、、、、4本、5本、6本、、次々とさらに太い金属ブジーが和男の尿道に差し込まれていった。もはや和男の燐茎はバーベキューの串に突き刺されたフランクフルトのようだ、、、和男のどす黒く針金のつきさされた燐茎は、拍動とともにびくっ、びくっ!と振動していた。そのたび和男の陰部には鈍い痛みが訪れていたのだった。合計8本の金属棒を飲み込んだ和男の燐茎は軽く触れられるだけでも、鋭い痛みが前立腺をおそった!!痛みに意識を取り戻した和男はふるえながら声にならない声で哀願した”もう、いいからおねがい、、ゆるして、、、”陽子は必死に和男の燐茎を根元で支え続けた、拍動に伴う激痛を少しでも和らげてあげたかったのだ。

 

 

<17. 燐茎湿布処置および燐茎牽引固定>

 

泌尿器科医は汗を拭い、”よし、これだけ拡張させれば通るだろう、カテーテルを、、、!”もはや和男は悲鳴すらあげなかった、、浅い呼吸をくりかえし、カテーテルはやっと和男の燐茎を通過し膀胱へと達した。”じゃあバルーンをふくらませて、、、”看護婦がサブルーメンを通してシリンジから生食を注入、抵抗を感じることなくバルーンを膨らませると、医師はすーっとカテーテルを引き抜き軽い抵抗を感じる部位で固定した。真っ赤な血尿が尿道カテーテルを通じバッグへ流れ出てきた、本来ならば地頭部のカテーテルの物理的刺激による潰瘍形成を防ぐために燐茎は上向きに腹壁へテープで固定されるべきだが、現在の和男の陰部は尿道ブジーによる強い刺激と尿道燐茎の炎症のため腫脹が激しく燐茎を倒すことは困難であった、わずかでも看護婦が燐茎を傾ければ和男は湿布だらけの腫れ上がった顔面を哀れにゆがめ、開くことすらできない口からかよわいうめき声を発するのだった。

 

医師らが去ったあと、看護婦達は慌ただしく、カテーテルを固定し、陰部の清拭をした。つぎに、極限まで痛めつけられた和男の燐茎を愛護的に処置していく、、和男の3倍ほどに腫れ上がった燐茎はびくっ!びくっ!っと拍動をくり返していた、看護婦は優しくその燐茎をアルコールで消毒したあとガーゼを一枚だけ薄く当て、その上から優しく大きめの真っ白な湿布を、燃えるように熱をもって腫れ上がっている燐茎を包むように貼った。

 

虫の息の和男は燐茎を湿布されると、目をとじ、ひくくうめき声をあげ腰を揺すった。

陽子はただ、湿布されネット包帯をまかれていく和男の腫れ上がった燐茎を、ぼーっと見つめていた。

 

和男の掛け布団は陰部があいた物にかえられ、ベットによこたわる和男の体から真っ白な湿布を貼られた燐茎だけが直立した体勢で、周期的にびくっ、びくっつ、と動いていた。

看護婦はラックを組んで和男の燐茎をネット包帯を使って直立の状態で天井から吊るして固定した。真っ白な湿布からかろうじて尖端がのぞける紫色の地頭からはあめ色の太い尿道カテーテルがベッドサイドの蓄尿バックへと連結されていた。

 

蓄尿バッグには鮮血がしたしたと排出されていった、、、。陽子は和男の燐茎を優しく手でさすり続けた、、、湿布を替え、さすりただ、腫れが引くのを願った。

 

和男は湿布され天井から牽引された自分の燐茎が、まるで心臓のように激しく脈打つたび、”あっ!、、うっ!、、、”と低いうなり声をあげ痛みに耐え続けた。

看護婦は、大きめの湿布を和男の股間にも貼り、肛門に当たるまん中に小さな孔をあけ、和男の肛門から陰部にかけて貼ってくれた。湿布にあけられた孔をとおして、定期的に和男の肛門には坐薬が滑り込まされたのだった。

 

結局その日は、和男の肛門と燐茎の中間から、計4本の太いキシロカイン含有の注射が和男の陰部の疼痛を押さえるために打ち込まれた。注射を打たれた直後は、陰部のほわーっとした暖かさとじんじんするようなしびれが訪れ、しばし地獄の痛みを忘れられるのだった。

 

 

<18 病棟の一日>

 

和男の尿道炎は一進一退を続けていた、数日後には蓄尿バッグに排出される尿も透明感を増し、炎症は終息するかに見えた。相変わらず腫れの引かない燐茎は孔の開いた掛け布団から直立した状態で尿道カテーテルとともに天井から牽引されていたが、このころには和男は大部屋に移され、同室者もジム関係の見舞客も手厚く真っ白い湿布を施されたフランクフルトのような和男の燐茎を何の違和感も無く眺めていた。和男にとってこのような姿を同僚や友人、看護婦にさらすのは羞恥の極みであったが、この固定なくしては和男の尿道の痛みは治まることはなく、この醜態に甘んじるしか無かったのであった。和男の燐茎の湿布交換はあの事故以来もっぱら陽子の仕事になっていた、あの公園で和男が救った女性、、、かいがいしく自分を看病してくれる陽子に和男はいつしか感謝の念をこえた感情を抱きはじめていたが、自分の現在の病状を思うと具体的な意思表示をすることなど和男にはできるはずも無かった。

陽子の一日は、共生病院での右足首のリハビリにはじまり、その後は和男の病室を訪れ和男の腫れ上がった燐茎の湿布交換や身の回りの世話をすることで過ぎていった。和男の一日は朝の看護婦による全身の清拭と食事の介助ではじまった。顎関節の固定はテーピングと鋼線で行われていたが、テーピングの方は昨日で終了していた。口を開くことのできない和男は右鼠径静脈からの高カロリー輸液と流動食によって栄養を維持していた。排便は体幹を固定されているためおむつを使用しており排尿は尿道カテーテルによって管理されている、あめ色のカテーテルが固定された燐茎の尖端からベッドサイドの蓄尿バッグまで連結されていた。線維分の少ない流動色とベッド上の安静のためか、和男は恒常的な便秘に悩まされるようになっていた。顔面の腫脹はいまだ引かず、はれた左まぶたを含め大きな湿布が一日2回和男の顔面から顎にかけてに貼られた。頚椎はハローキャストによって固定され午前中の回診のあと研修医が毎日和男の頭蓋骨にネジ止め去れた牽引用のリングのボルトをトルクを確認しながら増しじめしていくのだった、レンチを使いボルトをしめていくとめりめりと音をたて、骨が軋むのがわかるのだ、和男の一番嫌いな処置でもあった。すべての処置を終えるころ、和男はみじろぎもままならぬ状態でただ自らの現状を呪うのだった。

<19 提丸帯>

このころになると、陽子の足もずいぶんと回復し、足首のサポーターも堅いプレートがついていない、ネオプレーン性の何本かのストラップで過伸展を制限するタイプの物に変わっていた、陽子にしてみればこれまでと異なり、すきな靴をはける喜びがあったが、階段の昇り降りなどには多少の不安が付きまとっていた、積極的なオペを断念したいま、足関節の不安定性を一生抱えつつ上手にサポーターでカバーしながらつきあっていくしか無いのだ。もう、陸上部の部室に顔を出すことも、陸上競技専門誌の紙面に陽子の名前が載ることもなくなっていた。

いつものように、リハを終え和男の病室へ袋一杯のフルーツをもって向うと、担当医師の1人が和男の傍らでなにか処置をしていた。和男は玉のような汗をかき喘いでいる、”どうしたんですか?””今朝から40℃台の熱がでてましてね、検査値からも治まりかけていた炎症がまた増悪しているようです、、、。””尿道炎が悪化したんですか、、そんな、、、やっと腫れも引いてきていたのに、、””いえ、尿道炎は改善したんですよ、、もう少しで尿道カテーテルも抜去できるはずでした、、しかし、、これが、、”医師は和男の直立した燐茎の根部を指差した、そこにははち切れんばかりに腫れ上がり大きめのみかん程にもなった和男の陰嚢に氷のうが当てられていた。炎症が精巣上体に波及した様です、いわゆる副睾丸炎を起こしています。しばらく発熱は続くはずですが、取りあえず冷却と睾丸の固定で炎症が落ち着くのを待つより仕方ありません”医師の指示によって看護婦が和男の赤く腫れ上がった睾丸を両手でそっとそっと抱きかかえるようにして持ち上げる、、”うんぐっっつふううんん、、、、”和男を鈍い痛みが襲い思わずうなり声がもれる、”和男さん御免なさいね、少し動かすわよ、、”看護婦は陰嚢をそっと持ち上げ何やら見たことの無いふんどしのようなもので和男の股間を締めはじめた。”それは、、、?”陽子は看護婦に尋ねた。”ああ、、これね?これは提丸帯といって、炎症を起こした睾丸を固定するためのベルトなの、、睾丸のサポーターっていう所かしら、、。痛みをやわらげるために、副睾丸炎を起こした患者さんにはこれをつかって睾丸を支えてあげるのよ。和男さんどう、、よっぽどいいでしょう?あとで、しっぷしてあげるからね”看護婦は処置台を引きながら退室していった。

 

和男は提丸帯の装着で幾分楽になっていた、陽子もそれを見て取れた”和男さん、どう?少しはいいのかな?”和男は静かに目を閉じたがその表情は先ほどまでの悶えるような物では無かった。陽子が股間の氷のうを交換していると、看護婦が湿布を持ってやってきた、”さあ、和男さんこれから湿布するからね、ちょっと冷たいけどこれでまた少しは楽になるからね”看護婦は慣れた手付きで湿布に切れ込みを入れると、薄い一枚のガーゼを陰嚢にあて、燐茎から陰嚢全体を覆うように湿布を貼った。”なんでわざわざガーゼをあてるんですか?”陽子が不思議そうに訪ねると、看護婦は和男の燐茎をネットで固定しながら答えた”いい?男性のここはね、通常の皮膚では無くて粘膜なのよ、、だから、直接湿布するととても刺激が強すぎてしまうの、だからガーゼをあてているの”陽子は妙に納得してしまったのだった。和男の燐茎はあの日以来常に直立したままだった、強い炎症をたたえた和男の燐茎は容易にその腫れが引くことが無かったのだ。

 

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目を疑わんばかりに陰嚢を腫らした和男だったが、適切な抗生剤の投与と看護婦や陽子の愛護的な陰部の処置によって連日続いた高熱も解熱してきていた。和男はいまだ股間の湿布交換を必要としていたが、その腫脹も目に見えてよくなってきていた。陽子はリハビリを終え、熱をたたえたその右足をかばいながらあえて階段をつかって和男の病室へと向っていた。結局陽子は靭帯の手術を受ける事なく症状の固定を見たのだった、、かつてのトラックの女王はもはや走る事になんの執着も感じていなかったのだ。足関節の不安定性をカバーするネオプレーン製のサポーターをしてこれからずっと日常生活を送っていくのだ。彼女が走る事等これからあるのだろうか、、、いまは、自分の身体よりも和男の一刻も早い回復をねがう陽子だった。病室に入ると和男のベット周りのカーテンが閉じられている、看護婦が二人で和男の体位を替えていた、頚椎を損傷した和男はハローベストで胸部から頭部を固定されておりまるで一本の棒のようにベット上で扱われるのだった。試合で骨がくだけんばかりに殴打された顔面もほぼ原形の面影をとりもどし、脱きゅうした顎も固定によって修復されている。頚椎も強固な固定を施されており、もはや和男の苦痛は打撲や骨折箇所の痛みによるものではなく、尿道や陰部の痛み、そしてなにより便秘による腹痛であった。顎を脱きゅうしている和男は固形物を食べる事が出来ず、十分な線維分をとれない事、そしてベッド上で寝たきりである事から頑固な便秘を起こしていた。そしてその便通の確保のためには週に3回の浣腸が必要だったのだ。看護婦によって真横にされた和男の肛門に看護婦がやや太めのカテーテルをズブリと突き刺す。”はい、和男さーん、お口をひらいてねえ、、息を大きくらくーにねー”明るい看護婦の言葉とともにカテーテルが強い抵抗を越えスルリと飲み込まれる。肛門管のデリケートな粘膜はカテーテルのバルーンや側孔の凹凸にも敏感に反応し、和男は”おっ、、おっ”と腰を捻らせるのだ。十分カテーテルが挿入されると、看護婦は点滴台につりさげたイリガートルから繋がったゴム管のクランプをパチッと外した、たたえられたグリセリン液がカテーテルを通じ和男の直腸へ滑り込んでくる、暖かい感触が和男の下腹部を充たし軽い圧迫感とともにわずかな便意を耐えつつその処置が終わる。看護婦はカテーテルを和男の肛門から抜去し、和男の肛門を圧迫しつつおしめをあてるのだった。ついで和男は再び仰向けにされ、その腹部に暖かいメンタ湿布をあてられさらに看護婦による入念なマッサージを受けるのだ、そうして内部と外部の両方から刺激を受けた和男の腸管は初めて十分な便意をたたえ、排便を迎えるのだった。まるで自分の腹部が沸騰するような異様な感覚と湿布によるすーっとした感じ、さらに看護婦二人がかりによる素手での腹部の入念なマッサージで和男の膨満した腸管は目覚め少量の有形便とグリセリンの排液を見るのであった。

 

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また、このころから便通のコントロールとともに看護婦による新たな処置の指示が医師によって与えられた。和男の陰部の湿布はまだとれる事は無く炎症は続いていたのだ、感染および炎症の拡大や鱗茎の腫脹を軽減させるためには、前立腺のうっ血を改善する事が重要であった、そのため前立腺の入念なマッサージが開始されたのである。前立腺は恥骨の裏で尿道をくるむような形で存在する栗の実大の臓器であるが和男のそれはいまや尿道炎の炎症と度重なる陰部への炎症波及によりかなり腫脹していたのだ。前立腺は骨盤内に存在するため体外からマッサージを行う事は不可能である、ゆえに看護婦達は和男の直腸内壁から前立腺を揉みほぐす技術を必要とされた。”はーい!和男さんそれでは今日もマッサージしますよ、じゃあお口で息をはー、はーと吐いてねえ”看護婦は和男の肛門にゼリーをぬりさらにシリンジをつかってゼリーを和男の肛門管に圧入した。肛門にぬるっとした感覚がおとずれ次の瞬間看護婦の柔らかな中指がするっと挿入される、和男は口を半分あけふかく息をしながら肛門の柔らかな指腹の感触に浸るのであった、看護婦の指が和男の肛門に挿入される際にまず肛門管を開きながらぬるっと入る時に抵抗を感じそのご直腸にたっすると今度はするっと指が吸い込まれるように抵抗なく置くまで挿入される。中指を奥まで肛門管の腹側に沿うように挿入していくとやがて指はドーム状の隆起に到達する、それが前立腺である。看護婦は柔らかな指の腹で直腸壁越しに前立腺をやさしくしかも入念にマッサージし揉みほぐすのだ、マッサージが開始されると和男の陰頭からは透明な粘液がシタシタとほとばしるのだった、リズミカルに繰り返される看護婦の指先の動きに和男の鱗茎の海綿体は大きく孕み、びくっ!びくっ!と律動を繰り返す、、、マッサージも終盤にかかると熟練した看護婦は直腸に挿入した指先の動きに合わせ和男の充血した鱗茎にも真っ白な湿布越しに優しく刺激を加えるのだった、、”お、、ウ、グフンン”和男の腰が僅かに動いたその瞬間、尿道に挿入されたカテーテルの隙間から白濁した膿性の液体がほとばしった!、、看護婦はこの液体をガーゼに採り観察する事が義務付けられていたのだった、、”まだ血性だし膿みも混ざっているわね、、前立腺の感染はまだまだ引かないわね、、可哀想に、、”看護婦は視線を和男のはち切れんばかりの陰嚢に向けると、詰め所に戻って行った。この手技により和男の前立腺のうっ血は毎日解除されることになっていたのだった。