知香子は彼女が通っている大学の付属病院に向かって搬送されていた。 折れた左足は固定され、擦りむいて血の滲む左肘にはガーゼがあてがわれている 。 右の指先には脈拍モニターのセンサーが取り付けられ救急車の車内にモニター音 が響いていた。「もうすぐ着くからね。」と励ます救急隊員に知香子は目を閉じ たまま無言でうなずいた。その頃駅前で待っていた和之は彼女のやってくるのが あまりに遅いことを心配し始めていた。 大学付属病院の救急外来には知香子の乗った救急車を待つスタッフが待ち構えて いて、車から降ろされた彼女の乗るストレッチャーを取り囲んで処置室へと入っ ていった。部屋に入るとストレッチャーから無影灯の下のベッドへ移されて点滴 の針を刺された。折れた足を支えていたビニールの副子を医師が少し強引に外し たため折れた部分が動かされ激痛が走る。知香子はビクっと身震いして「痛〜い !!!」 と涙ながらに叫んだ。はいていたジーンズをはさみで切り取られた左足はひざの ところを2か所擦りむいていて血を滲ませていた。さらに膝全体がかなり腫れて いてなんとなく不自然に曲がっているようにも見えた。医師は慣れた手つきで生 理食塩水を傷口にかけたあと丁寧に消毒してガーゼをつけた。そして「シーネで 固定」と看護婦たちに言い放った。それを受けて若い看護婦が膝のところで赤黒 く腫れ上がった左足を優しくそっと持ち上げ、もう一人のベテラン看護婦がシー ネをあてがって手際よく包帯を巻いていった。再び足を固定された知香子は青ざ めた顔でベッドに横になったまま処置室から少し離れたレントゲン室に運ばれた 。 彼女はベッドに寝たまま左足や左肘のレントゲンを何枚も撮られた。折れた部分 のレントゲンは角度を変えて何枚も撮影されるためそのたびに動かされ痛みが走 るが痛み止めの点滴が効き出していてさっきよりは幾分楽になってきていた。 写真ができるまでの間処置室の隅っこでポツンと放っておかれた知香子は鎮痛剤 の効果と疲れからなのかうとうとしていた。 何分くらい経ったのだろうか知香子のコートのポケットから携帯が鳴り始めた。 それに気づいた看護婦が携帯を知香子に渡した。電話は駅前でずっと待っていた 和之からのものだった。「ぜーんばーい」彼女は泣きながら言った。「ずっと待 ってんのにどーしたんだよー」ちょっといらいらしたような口調で和之は言った 。 「わだじ自転車でこけちゃっでぇー」「おーい、だいじょーぶかよー、いまどこ にいんだぁー?」「足折っでガッゴーの病院に救急車で運ばれたんでずー」「お いおい!マジかよ〜!!」事情を察した看護婦が知香子から電話を受け取り和之 に言った。「もしもし?お知り合いの方ですか?」「はい、ってゆーかまぁ、 そーですけど?」「彼女、足を骨折していて入院することになると思うんですが 、 ちょっと病院まで来ていただけませんか?」「え?入院ですか?付属病院ですよ ね? すぐ行きます!!」和之はえらい事になったもんだとあせりながら、ちらちら降 り 出した雪の街を走って学校へと向かった。10分位しただろうか、息を切らせな がら和之が処置室に駆け込んできた。「おい!知香!?だいじょーぶかよー!? 」 「先輩、ごめんなさい。」知香子は落ち込んだ様子で言った。「心配すんなって 。 痛くないか?」「薬が効いてきて少し楽になりました。でも....」「だいじょう ぶ だって。ちゃんと面倒見るから心配すんなって。俺今年は実家帰らないからさ。 」 「ずびばぜーん」知香子は涙と鼻でくちゃくちゃになりながら泣いていた。」 そうこうしてると和之が看護婦に呼ばれた。診察室に呼ばれた和之はシャーカス テンに並んだ知香子の足のレントゲンをぼーっとみつめていた。しばらくして医 師が入ってきた。和之は軽く会釈すると医師の説明に聞き入った。「えー、左足 のレントゲンなんですが、この部分、えー膝のすぐ上の大腿骨が折れています。 」 膝の関節の5センチくらい上でぽっきりと折れた骨が写っていた。医師はレント ゲンを指差しながら図を書いて和之に説明した。「この部分は比較的骨が繋がり やすいんですが、少しずれているのと大きな骨のひとつということもあって入院 して治療する必要があります。」「治るのにどのくらい...?」和之は心配顔で質 問 した。「うーん、個人差はありますが1ヶ月ほど入院していただいてそのあと松 葉杖が取れるまで早くとも3、4ヶ月もしかすると半年くらいかかると思います 。」 「そうですか。」和之は残念そうに応えた。二人は処置室にいる知香子の元へ行 きレントゲン写真を彼女に見せながら説明を始めた。「鈴木さんねぇ、コレあな たの膝の写真ね。ここが折れてズレてるんでぇー、足を引っ張って元の位置に戻 すからねぇ。」医師は大きな声で言った。それに対し知香子は「手術....する? 」 と心配そうに言った。医師は「とりあえずは足を引っ張ってねぇー様子見ましょ う」 と応えた。「んじゃ、早速はじめるからね。」と言うやいなや看護婦たちが注射 器やステンレスの器具を積んだカートを押して集まってきた。膝の所全体をイソ ジンでべっとり消毒して「キシロカインいきましょ。」と医師が言うと、看護婦 が「麻酔打ちますね。」といって折れた膝の所、脛の骨のまわりに4、5本の注 射を打ちこんだ。知香子はなんですねなの?と思いつつも、すでに根性決めこん でいて、声が出そうになるのを我慢しながらじっとその痛みに耐えていた。しか し何か怪しい物音にタダならぬ不安を感じ始めていた。5分ほどするとさっきま での痛みは完全に消え、膝の周りの感覚が失われてきた。「感じますか?」と看 護 婦が聞いたかと思ったとたんいきなり電気ドリルの音が処置室に響き渡り手足を 押さえつけられて体全体を振動が襲いながら一本のワイヤーが知香子の脛骨を 貫いた。ぷつんとわずかな音を発してワイヤーは彼女の皮膚から飛び出てきた。 和之はあまりの痛々しさに我慢できなくなったのかそっと処置室を出てロビーで タバコをくゆらせた。知香子は病室から運びこまれたベッドに移されてそれに取 りつけられた牽引台に左足を乗せられた。彼女の脛を貫いたワイヤーは馬蹄型の 金具に固定されそれにつながったひもの先には6キロの錘が取りつけられずれた 骨を引っ張り始めた。知香子はそんなになってしまった左足を淋しそうなまなざ しでじっと見つめていた。時計はもうすでに12時近くを回っていて彼女はいつ のまにか眠ってしまった。 つづく!! |
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