presented by pokkin 2001.Jan.7 椿事 私は一応ホッとはしたものの、パンツの紐のゆるんだのが気になってならなかった。 やがて、眼鏡をかけた、レントゲンの技師らしい長身の男が現われた。 彼は、無言のまま、私の上体の位置を少し直した少してから、いきなりパンツをずり下 げた。私は、急にカッと脳へ血が上るのを感じた。 しかし、バソツは、かろぅじて鼠蹊線のとところで止まり、危うく醜態をさらけだされる のを免れた。 (よかったー)と息をつく一方では、何か期待を裏切られたような物足らなさをも、私 は同侍に味わっていたのである。 レソトゲンの所見は思わしくなかった。顕著ではないが、カリエスの疑いがあると いうのである。 打撲のシヨックで、潜在していたものが誘発されたのだろうといわれると、思いあたる ことがないでもない。 「すぐにギプス・べッドを作りましよう。少し辛いが、今のうちなら短期間で全冶します。 後で後悔しないように、是非そうなさい」 E先生は、私の返事も待たず、看護婦に何 か命じた。 「今、準備させます。一寸お待ちください」「先生、今日すぐにやるシですか?」 「早いほうがいいですからね。なアに心配することはありません。すぐすみますよ」 E先生は、なんでもないように笑っているが、私仁すれば、大変なことになったもので ある。 まもなく、看護婦が、準備の出来たのを報せてきた。 「さア、では手術室へいきましよう」 E先生に促されて廊下。出た私は手術室と きいただけで、もう胸がドキドキしていた。手術をするわげでもないのに、手術室へ入れ られて、どんなことをされるのかと思うと、妙に不安仁なってくるのだ。 手術室へはいると、入口で一人の看護婦が私をつかまえた。 「ここで服を脱ってください」「はい:」 私は、上半身裸になった。 「アラ、ズボンも脱らなきアだめよ」何をモタモタしているのだといわんばかり の、看護婦の言口葉に、私は赤くなってズポンを脱いだ。 私のパンツを見ると、彼女は急に気がついたように、 「ア、そうだ。T字常、T字帯 」と大声で云いながら駆けていった。 私は、パンツ一枚の。落着かない恰好で立たされていた。 T字帯というものを、見たことはないが、せられるのかと思うと、情けなくなった。し 褌みたいなものに違いなく、そんなものをはかし、全裸にされるのではないらしいので、 ホッと安心もした。 かなり待たせてから、さっきの看護婦が「ごめんなさい。T字帯がみつからないのよ これで我慢してちようだい。ね・・・」彼女のつきだしたものを見ると、二枚の細 かん高い声を上げながら戻って来だ。 長いガーせである。 (そンなもので大丈夫だろうか・・・)私は心 配そうに看護婦の顔を見たが、看護婦は、手早く一枚のガーゼを私の股に通し、もう一枚 を腰に回して、先のガーゼの両端を押え、軽く結んだ。「こちらへいらっしゃい」 そう促されて、私は木のサンダルをつっかけると、室の中程へ進んだが、軽くガーゼを あてただげの腰のあたりが、気になってならなかった。 私は、看護婦の助けをかりて、身体の中だけしかない、おそろしく高い台の上に、俯伏 せになった。 石育の臭が、プーンと鼻につく。 別の看護婦が固い枕のようなものを、顎と胸と太股とにかったので、私の胴はそれだけ台から浮上ったが、そのとき、私のまった く予期しなかったことが起ったのである。アッと思うまに、看護婦の手がのびて、腰から・ ガーゼを抜きとってしまったのだ。 E先生は、婦長を助手にして、石膏に浸した繃帯を、次々と背中から腰へ貼りつけては 重ねていった。 生暖かいヌルヌルした石膏が、次第に重みを加えてきて、やや苦痛に感じる頃、やっと 作業は終って、ほとんど型のできあがっているギプスが、背中からとりのけられた。 私は、危っかし恰好で台から下りかかったが、今度は誰もT字帯はおろか、ガーゼさえもわたしてくれない。仕方なく、私は前を手でかくして台を下りたが、今まで無理 な姿勢をしていたので、身体がふらつき、サンダルをはこうとして、つまずいてしまった。 「身体を洗いましよう」室の隅にたらいが用意され、湯がみたしてあった。 「ちよっと熱いわね。今水をさしますから」、看護婦が水を汲んでくるあいだ、私はたらいの そばにしやがんで待っていたが、すると、まったく不意に、不幸な事態が突発したのであった。いきなり、腰椎に電撃的な激痛が起り、私は「うッ「」と呻くと、コンクリ ートの床にのけぞったのである。 「ア、どうしたンですか?・・・」 看護婦が驚いて駆けよって来た。「ううッ、急に痛みが、は、早く注射を」婦長が、私を抱き起こすと、両手で胸にかかえた。私は油汗をたらして痛みを怺えなが らも、前だげはしっかりと押えていた。 鎮痛剤が射たれたが、どうしたわけか、 いつものようには効いてこなかった。私は呻き続けていた。 「とにかく身体を洗ってしまおう。おい、君達 」 E先生は、看護婦達を指図して、バケツに 湯を汲ませ、床に転がした私の身体へ、ザアザアとかけさせた。 「Nさん。手をとって 」 E先生にそういわれて、私は一瞬抵抗を感じたが、逆うわけにはいかなかっだ。 私は、眼を閉じると、手を離して、数人の若い看護婦達の眼に全身を晒した。 ソドミアである私にとって、同性に肉体を見られる場合は、激しい差恥が、「とりもなお さずマゾヒズムになるのだが、相手が異性では、屈辱と苦痛が、口惜しさと腹立たちさを そそるばかりであった。 私は、今でも、そのときの恥かしさを忘れることができない。思いだすたびに、身休が 寒くなったり熱くなったりする。 その当座、私はE先生をひどく恨んだもの だ。そして、この仕返しには、いつか必ず、E先生の裸体を見ないではおかないと、ひそ かに心に誓ぃさえしたのである。 さて、話はもどって、看護婦達は大騒ぎをして私の身体を洗ってしまうと、担架を持っ てきた。看護婦達は、よってたかって、私を抱上げ、控室のようになった板敷まで運んだ。 私は、もう気カもなく、両手をダラリと下げて、彼女達のなすがままに委せていた。フ ト気がつくと、半ば開いている戸口から、いくつかの好奇にみちた顔が覗いている。廊下 で順番を待っている外来患者らしく、男も女も、子供さえもいた。私は、腹立たしさを通 り越して、泣きたいような気持になりながら、一刻も早く衣服を着せてくれるよう祈ってい た。 痛みは、ずっと間断なく続いていた。「Nさん。痛みますか?心配いりませんよ。 病室へいって、別の注射をしますから 」・ E先生の声に、私は黙って肯いた。 「着物は痛みが鎮まってからにしましょう」 婦長はそう云うと、壁に掛かっていた診察 着をとって、担架の上に仰向きに寝た私の身体へ被せた。 担架が持上げられると、戸口に寄っていた患者達が道をあけた。私はジッと眼を閉じて いたが、大勢の視線が意識され、ヒソヒソと囁く声が耳にはいった。 病室のべッドに移されると、暫くして一、人の看護婦が、注射の用意をして現れたが、 さっきは見かけない顔らしかった。 「大変でしたわネ」 そう云いながら、彼女は毛布をはねたが、「アラ、なんにも穿いてないンですか?」 と驚いて叫んだ。 しかし、さすがに看護婦だから赤くなるようなこともなく、腰椎の両側に注射をすると、 すまして出ていった。 痛みは少しずっ鎮まりかけてきたが、私は心中隠かではなかった。といって、誰に忍滋 をぶちまけるわけにもいかないのでE先生の裸体を想像することで、気をまぎらわした。 E先生は、四十をいくっか越していたが、精惇な貌だちや、浅黒い皮膚の色は、まだ三十 代にしかみえなかった。肩巾が広く、きっと、筋肉質の逞しい肉体を有しているに違いな い。E先生と十一人きりなら、もっともっと恥かしい目にあってもいい考えると、ザlンと 痒れるように、昂奮が這いあがってきた。 扉が静かに開いてE先生がはいって来た。 私は少し眠ったらしい。 「どうです?少しは楽になったでしよう」 そういうと、E先生はべッドに近寄って、 私の顔を覗ぎこんだ。 その髯の濃い、男らしい頬を、近々と見た とき、私は、もう自分の心が、ハッキりと彼に傾きはじめていることを、知らなければな らなかったのである。あとき 私は、半年余りで全快した。結局、カリエ スではなかったらしいのだが、私は、そのことでE先生を責めようとは思わない。半年間 のギプス・べッドは苦しかったが、常にE先生と接していられる喜びもあった。 その後、E先生と私とのあいだが、同性愛関係に発展したといえば小説らしいが、現実 は、なかなか、そううまいぐあいにばかりはいかない。私の気持に変りはないが、依然と して片想いのままである。 (完) 青 葉 槇 一
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