読み物


Sorry Japanese only


皮膚科の女囚10/23 UP
[御園京子]


高校時代のクラスメート、洋子と三恵、そ れに私の三人で過した志賀高原の三日間は、 単調なOL生活にあきあきした私にとって、 久しぶりの快い休暇でした。スキーに、宿で のトランプゲームに、高校時代にかえった思 いの三人は、三日間をフルに遊びまわったの でした。

けれど、楽しい思い出を胸いっぱいにわが 家へ婦り、さて明日からは又会社だわと 床に入った時は、まだ顔が少しほてる程度で 私は雪ヤケのせいとばかり思っていたのです が、あくる朝、目をさましてびっくりしてし まいました

顔中がカッカカッカと熱く、ヒ リヒリと痛がゆいのです。慌てて鏡を見た私 は、思わず驚きの声を出しました。 顔中が真赤に腫れ上り、その上、小さいブ ヅブツがいっぱい出来ているのです。 どうして急にこんなことになったのか、わ けが分りません。とに角お医者さまへ行かな くてはということで、会社に欠勤の電話をす るとすぐ、いつか近所のお姉さんが顔に火傷 をしてかよったという、とてもいいお医者さ まを教えていただき、少し遠くですけど電車 で行ったのです。

その病院は皮膚科専門で、東京では一流だ そうです。私が行った時も、顔中に白い薬を つけた人や、手や足に緬帯をいっぱい巻いた 人が大勢来ていました。 三、四十分も待たされた末、やっと呼ばれ て診察室へ入りました。

ここの病院は、大き な診察室に看護婦さんが大勢いて、呼ばれた 患者一人に看護婦さん一人がつき、先生に診 ていただくようになっているのでした。 私について下さった看護婦さんに 「はじめてですね。お顔ですか、どうなさい ました?」 ときかれて 「ハア。それがよく分らないのですけど、痛 くて……」 と話している所へ担当の先生がおいでにな って、私の顔をジーッとごらんになるなりい われました。

「何かつけたとか、どこかく行ったとかしま せんでしたか?」

「ハァ、スキーへ行っていました。お友達の 持って行った日ヤケ止めクリームをつけまし たけど……」 「なるほど。恐らくそのクリームにかぶれた んですね」 とおっしゃりながら、カルテにいろいろと 書きこまれていました。

「お通じは?」 「ハァ、少々欠かしています……」 先生は看護婦さんに指示されました。 「じゃ君、赤外線をかけて、チンク油、湿布 それにお面包帯、それから・…:」 最後の方は、私にはわからない専門語? でしたが、看護婦さんに 「こちらへどうぞ」 と連れて行かれたのは、べッドのある個室 のような部屋でした。

「そこへ横になって下さい」 といわれた通り、べッドの上に私があおむ けになりますと、看護婦さんは私の顔の上へ 妙な器械を近づけ、スイッチを入れました。 すると顔にまっ赤な光線が当りました。さっ き先生のおっしゃっていらした、赤外線をあ てているのでしようか。 「熱くないですね」 私がうなずくと、看護婦さんはそのままに して出て行きました。

顔中ホカホカとあたた かくなった頃、看護婦さんが戻って来てスイ ッチを切り、起してくれました。 看護婦さんは何やらドロドロした白い薬の 入った小さな缶と脱脂綿を持っています。 「お薬をつけますからお顔を上げて下さい」 私は思わずたずねました。 「まぁ、こんなまっ白いお薬を顔につけるん ですか?」 「ええ、おいやかも知れませんけど、あなた のような症状には、このお薬が一番いいんで すよ。

ハィ、目に入るといけませんからつぶ っていて下さいね」 言われた通り目をとじた私の額から、まぶ た、鼻、頬、口、。顎、そして首にまで看護婦 さんは、その真白いチンク油とかいう油薬を べッタリと塗ってくれました。顔がほてって いたのでヒャッとしていい気持でした。 全部塗り終ると、看護婦さんは大きなガー ゼとハサミを持って来て、私の顔にそっとあてて シルシをつけ、目と鼻と口の所にハサミで穴をあ けるのです。

「あのォ、それどうするんですか?」 薬をまっ白に塗られた顔で私がききますと 「お顔をさわったり、汚い物がついたり、日 光に当ったりしないようにお顔にあてておく のですよ」 「まーァ、そんなことするんですか?」 「ええ、おいやかも知れませんけど、こうし ておいた方がなおりがいいんですよ」 こう言われては仕方ありません

私も覚悟 して看護婦さんのおっしゃる通りにすること にしました。 看護婦さんは私の薬だらけの顔に、今の穴 を切り抜いたガーゼをあてると 「一寸ォ、お手すきの方来てくれません?」 と他の看護婦さんに応援を頼みました。

す ぐやって来たもう一人の看護婦さんが、ガー ゼをおさえてくれました。 その間にさっきの看護婦さんが何か薬に浸 したガーゼを持って、それをやや厚目にたた むと、顔にあてたガーゼの上から両頬、額、 顎、そして首にもあて、その上に油紙でガサ ゴソと音をさせながら覆うと、縦横十文字に グルグル手ぎわよく包帯を巻き始めました。

顔をすっかり巻き終ると今度は頚にも同じよ うに巻きます。 と言われた時には、私の頚から上は包帯で すっかり埋められてしまっていました。 「さ、今度はお浣腸しますから」 「えー? お浣腸?」 「そうです。お通じが滞ったりするとお顔の ブツブツがなかなか消えませんのよ。


お浣腸 といっても、うちの病院のは遅効性になって いて二十四時間以内にジワジワと排泄される んですよ、とに角、横になって下さい」 看護婦さんはそういうと私をべッドに寝か し、容赦もなく用意を進めて行くのでした。 生れてはじめての浣腸に、私はどうしていい か分らず、ただ固くなるばかりでした。 「おなかに力を入れないで。

ハィ、ハーッと 息を抜いて下さい」 言われた通りにするより仕方ありません。 私は急に恥ずかしさが激しくなって逃げ出したく なりました。 「ム、ムーッ!」 「一寸の我慢ですから動かないで。……ハィ すみましたよ」 「ハーッ」 大きく息をついてほっとする間もなく 「このお浣腸は一度に出ません。もし粗相で もするといけませんから、おむつをあててお きましょうね」 というではありませんか。私はびっくりし ましたが看護婦さんはごく当り前のことの ように私の足を広げさせ、赤ちゃんのように おむつをあてると、淡いピンクのナイロン地 にビニールを張ったおむつカバーでつつんで しまいました。 「このおむつは明日おいでになる時までとら ないで下さいね。

便を調べますから、絶対に はずしたりしないように」 と看護婦さんはおむつカバーの上から絆創膏 でとめてしまいました。 「ハイ、これで全部終りましたょ。大きな赤 ちゃん!」 といって笑いながらポンポンと私の腰のま わりをたたくのでした。

「あちらでお薬を上げますから、お家でガー ゼを浸してお顔の湿布を取換えて下さいね。 あとは又、明日いらして下さい」 「どうもありがとうございました」 お礼を言ったものの、顔中包帯で包まれて いるので声もこもりがちです。

診察室を出ると、待合室の視線が一斉に私 に集中したようでした。若い娘が目と鼻とロ だけ出した包帯だらけの顔で出て来たのです からみんなが見るのは当然かも知れません。 待合室の鏡でこわごわ覗いた私の顔は、自分 でも誰だか分らないような、真白けの雪だる まのお化けみたいでした。 お薬をもらって帰ろうとした時、入ロですれ 違ったのは、火傷でしょうかやはり私と同じ ように顔中をグルグルと包帯で包み、その上 両手両足も純白の包帯を巻かれた娘さんらし い人でした。この人に比べると、私なんか顔 だけですからまだいい方かも知れません。

外へ出ましたが、馴れないおむつなんかを 当てられたせいか、何となく腰のまわりがゴ ワゴワした感じで歩きにくいったらありませ ん。どうやら駅に着きましたが、ここでも人 々の視線は私に集まります。中には 「マァ、あの人凄い・お化けみたい」 とお友達とつつきあってこちらを指さして いる女学生もいます。

私は、カッとなりまし た。ヒドィ、何も好きこのんでこんな包帯で 顔を包んでいるのではないのに。 電車の中でも、人に見られるのが恥かしく て、ドアの所に立って外を見ていましたが、 わざわざのぞきに来る子供がいたりして、困 りました。 家へ帰ると母は、私の異様な包帯姿を見て びっくりし、オロオロするばかりでした。

「大丈夫よお母さん。こうしておいた方がな おりがいいんですって。心配しないでもいい のよ」 と病人? の私の方が慰める有様でした。 こんな大ゲサなと、内心すこし病院を恨み ましたが、やはり包帯と薬と湿布のせいか、 痛みもかゆみもいくらか薄らいだ感じです。

でもこの恰好では外へ出るわけにもゆかず、 仕方がないのでテレビの前でヒマをっぶしま した。 テレビを見る位なら別にどうということも なかったのですけど、困ったのはお食事の時 です。ロのまわりもガーゼで覆われています し、顎も包帯でおさえられているので大きな 口を開けることも出来ず、まるでお姫様のよ うにおお上品に少しずつしか食べられません。 いつもより二倍も三倍も時間が掛ってしまい ました。

お風呂へも行きたかったのですけれど、ま さかこのスタイルでは銭湯へも行けません。 湯ぶねから緬帯だらけの顔が出ていたりしては みんな驚いてしまいますものね。そこで母に 体を拭いて貰うことにしましたが、下着を取 った私の腰を包む大きな病人用のおむつカバー に母は又びっくりした様子です。

私が説 明しますと 「そうかねえ。ずい分と大ゲサな治療だね。 そんなに迄しなくちゃいけないのかしら」 と半信半疑のようでしたが、おむつカバー に包まれていない部分を拭いてくれました。 どうやら少しさっぱりしましたが、今度は顔 の湿布を取換えなくてはなりません。解く時 は簡単でしたが、薬をつけて、さて上から油 紙をあてて包帯となると、上手には行きませ ん。

母と一時間がかりの大仕事でしたが、何か グズグズした感じになってしまいました。 丁度そんな時、洋子と三恵が訪ねて来まし た。勿論、私がこんなことになっているなん て知りません。上って来た二人は 「マァー、京子! どうしたの? その顔」 とあっけにとられたようでした。 「あんた達何ともなかった? ホラ、志賀で 日ヤケ止めクリームつけたでしょう、あれに かぶれたらしいのよ。今日お医者さんに行っ て来たの」 「あらそう。

私達何ともなかったわ京子は 育ちがいいから皮膚が弱いのね」 なんて事情がわかれば、たちまちニ人はか らかい半分です。 「でもその包帯じゃ気の毒ね。明日映画にで も行こうかと思って誘いに来たんだけど…」 「とてもだめよ、これじゃあ。折角だけど、 やめとくわ」 「そりゃそうね。怪獣映画のミイラみたいだ もんね」 「でも一寸、可愛いじゃない」 「そう、ありがとう。今、母に湿布取りかえ て貰ったんだけど、繊帯が少しゆるいのよ」 「フーン、じゃ私が巻き直してあげようか、 私ってワリカシ上手なのよ。こういうこと」 「そうォ、じゃやってくれる」 「ウン、いいワ」 三恵はこういうとクルクルと包帯をほどき ました。


やがて目と鼻と口だけ穴のあいたガ ーゼを手にすると 「まァ、こんなのをあててるわけね。どう? こわい?」 などと自分の顔にあててみたりしてフザケ ているんです。 「だめよ。うつるわよ」 と洋子までが失礼な冗談を言います。 「さ・患者さん、お顔を出して。そうそう、 ハィ・ガーゼをあてますよ。そして湿布をし て、それから油紙ね。洋子おさえてて。

「包帯を巻きますよ」 と意外と器用にグルグルと、それでも看護 婦さんと同じようにはゆきませんでしたが、 でも母よりは上手に巻いてくれました。 「アラ、京子。腰の辺が何かいやにふくらん でいるじゃない」 洋子がこんなことを言ったので、三恵も 「ホントだ。そこも包帯してんの?」 「ウゥン、おむつ」 と、うっかり私は言ってしまいました。

「工ー、おむつ? まァ!! あんた赤ちゃん みたいにそんなものしてるの?」 私の一生懸命の説明に、二人は納得したよ うですが、今度は 「ネェ、ネェ、一寸見せて。おねがい」 なんていうんです。 「いやよ。恥かしいわ」 といやがる私を、二人で無理やり抑えつけ るとスカートをまくり、ピンクのおむつカバ ーを露出させて、 「まーァ、かわいいじゃない。」 「ほんとだ。京子、いいわね。私もこんなの してみたいわ」 なんて言い出す始末です。

「これはダメよ。検査があるんだから、いじ らないでね」 黙っていたら、おむつカバーもはがしかね ない二人のふざけかたです。私がそう言うと、 三恵は何か残念そうな顔をしました。 どうやらにぎやかな二人も帰って部屋に一人 になった私は、クリスマスに買った、新しい ネグリジェを着てみたのですが、せっかくの新し いネグリジェも、この包帯に埋った哀れな顔 ではカタなしです。 それにもう一つ気持の悪いのは、腰を包む おむつカバーです。

遅効性のお浣腸が少しず つ効いて来たのか、おむつカバーの中にはジ ワジワとその実証が現われ始めて来たようで す。でも絶対にと念を押されているのでとる わけにもゆかず、そのまま寝なくてはなりま せん。顔中、包帯に包まれ、腰をピンクのお むつカバーでくるまれたネグリジェ姿の私は こうして眠れそうにない床につきました。

翌朝になると、完全にお浣腸の効果を知ら されました。腰のまわりは湿っぽく、気持が 悪いったらありません。早く病院へ行って取 換えてもらわなくてはとてもたまりません。そ れに顔の包帯も湿布が乾いてゴワゴワです。 私は大急ぎで病院へ行く準備はしましたが、 大急ぎという訳に行かないのは朝食でした。

例の包帯でしばられたロでは思うままに食べ られません。 「ごはんの時ぐらい、包帯をとったら?」 と母は言いますが 「ウウン。

ちゃんとしておいた方が早くよく なると言われたから、我慢するわ」 と私は包帯のまま、食べました。 どうにかお食事も終って、私は大急ぎで病 院へ行きました。包帯をジロジロと見られる のも気になりますれど、それより電車の中で おむつが匂ったりしないかと、その方が心配 でした。 ようやく病院に着いて待合室に入ると、や はり相当にこんでいました。

診察券を窓口に 出して腰かけると、隣りに丁度私と同じよう に目と鼻と口だけ出して、顔中をグルグル巻 きに包帯した若い方の人が来て腰を降しまし たので、びっくりしてしまいました。 手や足には包帯していないので、昨日帰り にすれ違った人とは違うようです。 のぞいてみますと、その人は顔にプツンとニ キビのようなものが出来たのでありあわせの 薬をつけたところ、それが却っていけなかっ たらしく、みるみる顔中が腫れ上ってしまっ たのだそうで、もう一週間もこの病院へ通っ ているそうです。そう聞いて私はウンザリし ました。

一週間も通って来てまだお面のよう な包帯がとれないのですから、私も当分この 哀れな包帯の顔で過さなくてはならないかも 知れないと思ったからです。でも、その心の 底に別の楽しみに似た気持があったようで、 さほど落胆もしなかったのでした。 その人の方が私より先に呼ばれて診察室へ 入りました。やがて私も呼ばれてお部屋に入 った時、その方は丁度、真白い薬をつけ終っ て、お面包帯をされているところでした。 「アラ、お面純帯の鉢合せねえ」 などと看護婦さんは軽く言います。 「さ、お通じの方はどうかしら?

 おむつ取 り換えましょね」 とすぐに言われました。私も早く取ってほ しいのですが、前日の個室と違って、その方 がいらっしゃるので、思わずモジモジしてし まいました。でも、あまりの気持悪さに、恥 かしいのも押さえて私はべッドに横になりま した。赤ちゃんのようにされるがままになっ ておむつを取ってもらい、やっとスーッとし ました。

「どうやらいいようね。あとで分析しておき ますわ」 そういいながら、看護婦さんはシッカロー ルをはたくと 「念の為、もう一日だけおむつをしておきま しようね」 と、又々おむつをあてビールのおむつカ バーで包むのでした。 腰がすむと今度は顔です。まず顔中をきつ く縛っていた包帯がほどかれ、お面のような ガーゼがとられますとブツブツだらけの顔に 白いチンク油をつけられた、奇妙な私の顔が 現われます

すっかりほどき終ると、看護婦 さんはオリーブを脱脂綿にしめして乾いたチ ンク油をふきとってくれます。かゆくてたま らない顔がこすられてとてもいい気持です。 さっきの人は手当てを終えたらしく、私に 向って包帯の奥の目でほほえんで診察室を出 て行きました。 顔のチンク油がすっかりふきとられた時、 先生がいらしてカルテと私の顔を見比べてい らっしゃいましたが 「ウーム、赤外線をあてて、それからチンク は昨日より厚目に、湿布も厚目にしてお面 包帯。浣腸は今日はいいでしょう。その代り 注射しましょう」 と言って出て行かれました。

薬をふきとられた顔を赤外線にあてている 間に、看護婦さんはホウ酸水に浸したガーゼ を厚目に重ねたのを持ってくる。昨日のよう に、目、鼻、ロにハサミで穴をあけて顔にあて、 更に昨日よりも厚目のガーゼで額、頬、顎、 頚に湿布し、油紙をあてるとグルグルと新し い包帯で巻き始めました。ほてっている皮膚 に冷たい湿布がピタッとあたって、とっても いい気持です。

「これだとお食事の時なんか大変でしょう」 「ええ。それに、みんなにジロジロ見られち ゃって…・・・」 「早くとれるといいわね」 こんなことを話しながら、看護婦さんは手 ぎわよく包帯を巻いてゆきます。すっかり巻 き終ると 「注射しますから横になって下さい」 と言って私の腕をゴム管で縛ると、浮き上 った血管にブスリと静脈注射です。

腰をおむっ力バーで包まれ、顔はわずかに 目と鼻とロの小さな穴のほかは一面に真白い 包帯で埋められた若い娘が、べッドに横にさ れ、腕をゴム管で絞り上げられて太い注射を されているなんて、一寸した残酷物語です。

室を出ますと、さっきのお面包帯の娘さん がまだ待合室にいました。そして、私がお薬 をいただくのを待っていたようで、私達は、 一緒に外へ出ました。年頃の娘が二人、同じ ように変な包帯で顔を包まれて歩いているの ですから異様な光景に違いありません。すれ 違う人が同情と好奇の目で一斉にふり返りま す。でも一人より二人の方が心強い感じで、 私達は強いて平静を装い、話しながら駅へ急 ぎました。

「あのォ、あなたも最初おむつなんかされま した?」 私が思いきって訊きますと 「ええ、最初の三日間ほど・・でも・・」 「でも?…:」 「私、今でもしていますのよ。おむつを」 「まだ便の検査をしているんですか?」 「いいえ、私・・あれ以来おむつにとりつか れて手放せなくなってしまいましたの。今も おむつを厚目にあてた総ゴムのおしめカバー でピッタリとしめつけていますのよ」 とその方は腰のまわりに手をやります。

包帯 でかくされているので表情はよく分りませ んが、何となくうっとりとしているような感 じに私には思えました。 それをきいて私はハッとしました。昨日は じめてされた時、私はおむつとおむつカバー の圧迫感になじめず、うとましい感じを抱い ていたのですが、今日看護婦さんに取換えら れた時から何となく愛着感のようなものが湧 いてきていたのです。

その方の言葉をきいて 自分の心にも、それがあてはまるような気が してきたのです。 おむつで腰を包まれる。まるで赤ちゃんみ たい。包帯で顔中を縛られ、街ゆく人にジロ ジロ見られる。同情の目、好奇の目、いずれ にせよ見られることによって感じる被虐的な 差恥。 私は顔中真白に薬を塗られているのよ。ガ ーゼで厚く湿布をしているのよ。

顔中グルグ ル巻きに純帯されているのよ。そして腰には 赤ちゃんのようにおむつが分厚くあてられて おむつカバーでくるまれているのよ。まるで 囚人のようでしよう。そうよ私は女囚だわ。 手こそ自由だけど包帯とガーゼという編笠を かぶせられ、おむつという腰縄を打たれた女 囚たわ。みんな見て! こう言って叫びたいような衝動に私はから れるのでした。今まで眠っていた、私の気づ かなか.た奇妙な気持が、包帯とおむつカバー でよびさまされたようです。これがきっと マゾ性というものだと思います。 どうか顔の湿疹よ。いつまでもなおらない で。いえ、なるべくゆっくりとなおってほしい。 いつまでもいつまでも、おむつと包帯で がんじがらめにされていたい、などと思いつつ、 皮膚科の病院通いを続けるのでした。