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 それから、4日が経ち、試験が終わった。手応えは、…であるが、一応、慶應に推薦で行こうと一時期は目指してた男。最低限のプライドだけは保った感じだった。来週の月曜までは学校も休みだし、普段なら思いっきりテニスをして、思いっきり寝て、思いっきり遊ぼうと言うノリになるはずである。が、やはり足がこれでは何も出来ない。悲しい限りだ。しかし、怪我人としての生活には慣れた。もう、すでに2週間ちかくになり、昔、怪我した時についた松葉杖の感覚も完全に思い出し、移動に不自由さを感じることもなくなり、ギブスをはめている事にも慣れた。幸い、まだ誰も僕のギブスには落書きを施してないし、汚れも少なく、わりと清潔だ。冬なのでそんな汗もかかないので臭いも酷くないし、かゆみも少ない。それに、足の筋力が少し衰えたためか少し中がゆるくなり、足首が微妙に運動できると言う喜びも味わっている。だんだん、怪我人としての自分に慣れ、良い気持ちだ。しかし、慣れほど怖いものはないのかもしれないと同時に思ってしまった。ただ、これからもいつまで続くか分からない怪我人としての生活がどのようになっていくのか本当に不安だった。

 

 日が変わり、明日は診察と言う日の夜11時半、僕のケータイが突然なった。「卒業まで、あとすこし」がなったのですぐ、誰か分かり、僕は電話を取った。

「もしもし。何?」

「ゆう。明日、診察でしょ。」

「うん。」

「明日、うち、明日午前中学校だから、終わったらすぐそっち行くから。お母さんも来るんでしょ?」

「来るよ。有季は、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。行きたいし。手術の決意は変わらないんでしょ。」

「変わんないよ。するって言ったら、するから。」

「だよね?」

「だよ。ところで、明日何時に学校終わるの?」

10時半かな。ゆうは病院11時半からだっけ?」

「そうそう。じゃあ、微妙に終わったくらいに着くくらいだね。」

「うん。じゃあ、明日頑張ってよ。」

「うん。頑張るよ。明日も病院の後やる?」

「(笑)Hなんだから。どっちでも良いよ。うちはいつでも受付中よ。」

「じゃあ、お願いするかも。何か、話しない?なんか、寝れないんだ。

「緊張?」

「かな?なんか、全然落ちつけないんだ。」

「何の話しようか?」

「有季の怪我した時の事教えて。」

「うち?」

「うん。あんま、そう言う話聞いてなかったし。手術の事とか教えて。」

「良いよ。うちが、手術した時か…あ、でも、手術の前まではゆうみたいにギブスしてたよ。凄く、大変だった。お風呂も入れないし、歩けないし。でも、手術した後、2週間位かな。補歩機を使いながら歩けるようになって、1ヶ月目で歩けるようになったのかな。その時は、結構感動だったよ。あ、自分で歩けたって。うちの場合、10月に怪我して、学校休んで手術しても良かったんだけど、2週間くらい入院しないと駄目って言われて、それだけの間学校休むのは嫌だったから、冬休みに合わせて手術したんだ。ちょうど、去年の今頃。試験終わって、終業式だけはパスして、手術する事になって、12月の13日だったよ。で、テスト終わってすぐ。そこまでギブスしてたから、2ヶ月くらいずっとギブスしてたんだね。今日、13日だっけ?じゃあ、ちょうど1年前なんだ。驚き。もう、そんな立ってるんだ。で、うちは、手術の次の日からリハビリ始めたんだ。で、さっき言ったみたいに1ヶ月で歩けるようになって、病院のリハビリの先生に言われたけど、驚異的な回復で、4月には、バスケ出来るようになったんだ。それでも、手術から4ヶ月はかかってるんだ。で、春の大会にギリギリ復活したって感じかな。怪我からそれでも6ヶ月後の話だけど。それでも、復活したと言っても見切り発車みたいな部分が大きくて、その時は膝に装具つけながらプレーだった。装具ないと全然出来なかった。全速力では走れたけど、ターンがきつかったし、とにかく、春の大会にどうしても出たくて無理やりやった感じだった。試合の後はアイシングしないととても歩けない状態だったし。で、5月の終わりに大会で負けて引退するまでずっとリハビリに通いながら続けてた。でも、日に日に良くなって行くのが肌で感じられたよ。凄い、感動だった。で、引退して、すぐに留学の塾通うようになって、それでゆうと出会ったんだ。ちょうど、装具なしで歩けるようになった頃だった。で、その頃は、結構、手術の痕を隠すのに凄く頭を使ってたかな。あんまり、人に見られたくなかったから。だから、制服の時はズボンを下ろし気味だったし、学校のない日に塾行く時は、いつもジーパンだったでしょ。手術の痕を人に見られるのは凄く嫌だった。その時、少し、手術した事後悔したかな。でも、ゆうと仲良くなって、渋谷のスポーツカフェに一緒にワールドカップ見に行くようになって、自由に歩けて動き回れる事の感動を凄く感じてた。だって、松葉杖じゃあ、スポーツカフェにも行けないでしょ。行った所であの時みたいに大騒ぎするのはimpossibleな話だし、それに、常に誰かの助けがいるから、自分の思うように動き回れないんだもん。それじゃあ、あの時みたいな事は出来ないでしょ。それで初めて、手術した効果を感じたかな。私自身、手術しなくても大丈夫っては言われてたけど、それでも、リハビリとかで治そうとすると1年は松葉杖なしで歩くのは無理だろうって言われてた。だから、本当にして良かったと思う。あ、でも、手術自体は凄く苦痛な経験だったかも。手術の前の日は、ご飯食べられなかったし、生まれて初めて人工呼吸機もつけたし、手術の日の夜は手術した部分が痛くて全然寝れなくてもがき苦しんでたし。深夜に2回くらい痛み止めの座薬入れてもらったかな。でも、効果がきれるとすぐ激痛が走り出して、とてもじゃないけど、我慢できなかった記憶があるよ。怪我した時よりも、むしろこっちの方が痛かったよ。それでも、頑張って、我慢した。これを我慢したらまたバスケ出来るし、普通に歩けるようになるって。だから、逆に、その後のリハビリはそんなに苦じゃなかった。あれに耐えたんだから、何でも耐えられるだろうってノリだった。なんか、今思い出すと懐かしいな。ちょうど、1年前の夜なんだ。あの痛かった夜も。あ、なんか、ゴメン。うちが一人でしゃべってたね。ずっと。でも、それだけ、色々な思いでがあるんだ。手術には。色々乗りきったっていう。」

「そんな苦労だったんだ。俺は、全然知らなかった。有季が、ここまで詳しく話してくれたのは初めてだったからね。え、ギブスした時って、やっぱ、辛かった?」

「当たり前じゃん。ゆうなんかとは比較にならないよ。仮にもテニスで全国大会優勝を誇るチームのメンバーでしかも、今までサッカーとか野球とか色んなスポーツをばりばりやってた人とは違うもん。うちは、千葉の弱小バスケ部の控え選手。男と女の体の違いもあるし、全然体が違うから。そんな筋力もなかったから松葉杖をつくのがとにかく辛かった。足がしびれてくるし、手は痛くなるし。怪我するって一種のスポーツだなって真剣に思ったもん。いかにギブスでがちがちに固まった足を使って生活するかって言う。バスケなんかよりずっと難しかった。でも、なんか、うちは、ギブスに愛着を感じてた。なんか、白くて冷たくて、何の感情もないものに一瞬見えるんだけど、何かぬくもりを感じるの。自分の怪我した足を守ってくれてるし、何か優しいもののような気がした。」

「そう言えば、そうかもね。俺的には、材質感が少し気に入ってるんだけどね。なんとも言えない手触りじゃん。ギブスの表面って。」

「あ、分かるかも。あれでしょ。縫い目みたいな微妙なでこぼこ。触ると微妙に気持ち良くてって奴でしょ。」

「うん。少し、触り飽きてきた感もあるけど。なんせ、毎日、あれに触ってるんだもん。」

「(笑)確かに、飽きるくらい触れるね。いつも自分の体にくっついてるんだから。」

「うん。あ、なんか、長電話になったね。有季は明日学校でしょ。もう、この辺にしようか?」

「だね。もう少ししゃべりたいけど。」

「おやすみ」

「あ、その前に、いつもの一言は?」

「愛してる。おやすみ。」

「おやすみ。」

電話を切った。僕は、久々の長電話をした。何か、すがすがしい長電話だった。そして、何か気持ちが少し落ち着き、やっと眠りの世界につけそうだ。

 

 「起きなさい。」

僕は、この言葉を久しぶりに聞いた。母親の顔が目の前にあった。枕もとに置いてあるケータイの時計を見ると、10時半だった。やばい。今日は、病院。僕は、そう思って、ベットから重い体をだした。

 朝ご飯を食べながら、ケータイのステーションをチェックしていると、メールが来た。林からのメールだった。

[本文]

今日、11時半から病院

でしょ?俺、付き添う

から!

 

短いメールだが嬉しかった。僕は、

ありがと。お願いね。

とだけ返した。

 

 まだ、起きない体に鞭を打って病院へ行くと林が既に待っていた。早い。

「おはよう。」

「おはよう。今日は決意の日だね。」

「うん。」

僕は大きく頷き、待合室の椅子に座った。15分程すると、僕は、診察室へ呼ばれた。

「的場君、頭の整理はついた?」

「はい。もう、腹をくくってます。」

「って事は?」

「手術する事にしました。」

「そうか。なかなか勇気あるね。じゃあ、いつにするか決めないと。」

「はい。」

「いつが良い?」

「出来るだけ早くには。卒業式の時にはなんとか松葉杖なしで歩けるようになりたいんで。」

「あ、そうか高3だったんだね。う〜ん。じゃあ、いつが良いかな。年が明けたらすぐ位になるかな。あ、でも、的場君の場合、この前言ったか忘れたけど、手術を2回に分けてしないといけないんだ。」

「はい。じゃあ、卒業式の時に歩けるようになるってのは無理ですか?」

「微妙だね。2回目をいつするかにもよるけど、1回目で最低限歩けるようにしちゃうよ。で、2回目は、卒業式の後にして、それで完全に治すって形がベストかな。あ、でも、回復次第では卒業式の時に今みたいにギブスはめた状態だとかもしくは松葉杖をついた状態になるかもしれないけど、良い?」

「あ、はい。とにかく、早く治したいんで。」

「じゃあ、年明けに1回目の手術するって事で日程を調整しておくね。次の診察の前には、決定しておくね。」

「お願いします。」

そう言って、今日の診察は終わり、林と僕は診察室を出た。母親は、先に出ておいてといい、何か先生と5分くらい話しこんでいた。

「お母さん、何の話してたの?」

「お金の話。手術っていくらくらい費用かかるのか全く想像つかないじゃん。」

「いくらくらいかかるの?」

「そんなの子供の心配する事じゃないの。」

「でも、気になるから教えて。」

「2回の手術と入院代と装具のお金でだいたい100万円くらいだって。」

「そんなにかかるんだ。」

と話していると有季がやってきた。横にも同じ制服を着た女の子がいる。直美ちゃんぽい。いや、まさしく、直美ちゃんだ。林が恥ずかしそうな顔をしている。

「ゴメン、遅れた。でも、今日はお見舞いも1人来たよ。」

「今終わったばっか。お見舞いって、デートの間違えじゃないの?」

「まあね。直美は、林君と2週間会ってないって言うし、連れてきちゃった。」

林は相変わらず、恥ずかしそうな顔をしている。ただ、あの2人のラブラブぶりは、僕らを越すものがあるというのは、良く知っている。結局、2つのカップルが同じ空間に存在し、1人になった母親は寂しそうに、

「先帰るから後は4人で楽しんで。」

と言い、先に家に帰った。4人だけになった僕らは何をしようかといいながら、カラオケに行った。お腹が空いていたのでボックスの中で軽食を取りながら歌った。怪我人にはよくないだろうななんて思いながら、お酒も口にして、盛りあがった。最初は2時間の予定が3時間も歌ってしまい、終わった時は、4時を過ぎていた。僕らは、ここで別れ、僕は家路に着いた。

 


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Written By M