二章 「それじゃ、お薬付けますから、少し上を向いていて ください。」と、乳白色の軟膏をべたべたと夫人の顔に塗り始めた。額から頬に、そして顎の辺りまで、塗り広げ、 先程、孔をあけたガーゼをあてると、もう一人の看護婦が其の上から油紙をのせて抑え、美佐がくるくると、丁寧に繃帯を巻いてゆく。 額の辺りを何度か巻くと、顳のところで縦に折り返し 今度は頬から顎、そして、頭部にかけて十文字に巻いた。 清潔な真白い繃帯の匂いが、夫人の鼻腔を柔らかく刺激し、軟膏のひんやりとした感触とともに、彼女の気持ちを 優しく包み込む。 美佐が「繃帯きつくないですか。」と声を懸けると、 夫人は小さく「大丈夫ですわ。」と首を横に振った。 こうして、彼女の顔は、目と鼻、口のところだけに、ポッカリと孔の開いた、白い仮面の様になった。 顔の繃帯を巻き終えると、敏江と云う看護婦が口を開き、 「あのう、腕にお薬付けるんですけど、片方ずつ、袖から抜いて頂けますか。」と言う。 もう、此の人達には、自分の女の部分も見られしまったのだから、胸を見られたからと云って、如何と云う事も無いと覚悟を決め、片肌を脱いだ。 夫人の形の良い白い豊かな乳房と、つんと可愛らしく突き出した、薄桃色の乳首がこぼれ出る。 両腕にも軟膏が塗られ、手の指先が少し見える位のところから、肘の少し上の辺りまで、ガーゼと油紙をあてて隙間無く繃帯が巻かれて行く。 自分の腕に繃帯が巻かれてゆくのを観ているうちに、何やら大層な怪我でもしたような気分になってゆく。 両腕の処置が終わり、着物に袖を通してほっとすると 「それじゃあ、また、足を広げてください。」と言われ 女同士でもやはり、女の秘密の部分を見られる事には、幾分の躊躇いと、羞恥を感じずにはいられない。 膝から太ももの付け根まで、薬を塗り繃帯が巻かれた。 「今度は此処に寝てくださいね、」 「はい。」とベッドに横になると 「それじゃあ、また着物の裾を拡げてください。」 夫人は眼を閉じて言われた通りにすると 「此処にも、お薬塗りますからね。」と言われ、愈々彼女の羞恥は強くなり、その部分を両手で隠すと 「はい、手をどけてください。」と冷たい声が聞えた。 彼女の秘密の部分に美佐のしなやかな指が這いまわり、 白い軟膏が塗られてゆく。 火照った肌に冷たい軟膏の感触が心地良く 「ああ、」と夫人は呻いた。 美佐は夫人の陰部にガーゼを宛てると 「敏ちゃん、お褓ね、」と言った。 吃驚して、夫人は「えっ、お褓をするんですか。」と聞くと、「ええ、そうですよ。まさか此処に繃帯巻けないでしょ。」と夫人のガーゼで覆われた部分を軽く叩き、 「男の人だと繃帯できるんだけど。」と言って、なにか 思いついたように 「それとも、奥さんの此処に繃帯しますか。」と悪戯っぽく笑いながら夫人の顔を覗き込んだ。 彼女は真っ赤になって「いえ、お褓で結構ですわ。」と 答えるしかなかった。 「面倒でしょうけど用足しの時にはお褓外して、終ったらまた元どうりにして下さいね。」 「はい。」 がさごそと、糊のきいた晒しのお褓が彼女の腰を包み込んでゆき、夫人は羞しさで再び涙ぐんだ。 「はい終りました、起きても良いですよ。敏江ちゃん、 先生呼んで来て頂戴。」 なにやら照れくさそうに頭を掻きながら「どれどれ、終ったかね。」と前島が診察室に入って来た。 「ええ、繃帯巻くのに時間が掛かっちゃって。」 前島は繃帯で覆われた夫人の顔を見つめながら 「とにかく、お手入れには、毎日来てください。それから、当分お風呂は駄目です、自分で繃帯を取ったりしてはいけませんよ、此処で身体を拭いてあげますからね。あとお化粧もです。」と語り、その後少し言い淀んで 「それと、暫らくは御主人とは別別に寝てください。 御主人にも移る可能性がありますからね。」 夫人は繃帯に包まれた、外からは見えない頬を桜色に染めて小さな声で、主人は今欧露巴に居て当分留守をしている と答えた。 診察室を出ると、数人の患者の視線が夫人に集まり彼女の姿をギョッとした表情で見つめている。 患者たちの間ををぬけて、部屋の隅の洗面所のドアを開け、中の手洗いの鏡に自分の顔を写してみると、何か自分の顔というより、欧露巴の国の宮廷舞踏会で白い仮面を被っている様で、或いはアブストラクトの白い彫像のようにも見える。 道道通りすがりの人々の、好奇の視線を浴びる事を思うとうんざりして、ハイヤーを頼もうかと考えたが どうせ暫らくの間、此の恰好で過さなければいけないのだからと覚悟を決め、歩いて帰ることにして病院の玄関のドアを押した。 初秋とはいえ陽射しが強く、繃帯に包まれた身体は忽ち 汗ばんで不快な気分に襲われる。 陽に照らされた白っぽい道を、彼女は見識った顔と遇う事を恐れ、俯いて、ゆっくりと歩いた。 顔の繃帯で視野が狭いうえに、腰のお褓のふくらみが気になって足の運びももどかしい。 案の定、すれ違う人たちが彼女の姿を横目で見ながら顔を背けるようにして遠ざかってゆく。 漸く家の前まで辿り着くと、折悪しく隣家の夫人が庭掃除をしていた。眼を大きく見開いて、彼女の繃帯に覆われた顔をみつめている。仕方なく軽く会釈をして逃げるように家に駆け込んだ。 家に入ると、彼女が病院に出掛けた後に家に来た通いの家政婦が目を丸くして「あら、奥様大変、一体如何なさったんです。」とうろたえながら、夫人を迎えいれた。 「ええ、此れ、この間からの」と顔の繃帯に手を当てて、お褓のことは省いて治療のいちいちを説明をした。 「まあ、たかが漆といっても馬鹿にできませんですね 私てっきり奥様が火傷を為さったと思いました。」 「繃帯が大袈裟なだけですわ。」 「それじゃ、お夕食はどうなさいます。」 「あんまり食べたくないわ、パンでも食べてお仕舞いにするわ。」 「お風呂は如何します。」 「お風呂は当分禁止ですって。」 「鬱陶しい事ですねえ。」 「ええ、でも仕様が無いわ、当分我慢するわ。 それでですけど、明日から朝から家にきて欲しいんですけど。お願いできますかしら。」 「はあ、多分大丈夫だとは思いますけど。」 「何しろこんな有り様でしょ、お医者様は繃帯取っちゃいけないって言うし、自分じゃ何にもできないわ。」と夫人は繃帯を巻いた自分の両手を見つめ、溜め息をついた。 夜、夫人は寝巻きに着替えようと全裸になり、ふと思いついて腰のお褓や、手や足の繃帯の具合を見ようと鏡の前に立った。 鏡の中の、自分の繃帯に覆われた痛々しい姿に、不思議な美しさと陶酔を感じ、久しく忘れていた官能の記憶が目覚ざめ、腰のお褓をはずし陰部に充てたガーゼを取り去り 鏡に映し出された秘密の部分を、自分の繃帯を巻いた手でゆっくりと弄り、思いがけない歓びに満たされた。 次の日、篠田夫人は寝ている間にずれてしまった顔の繃帯を家政婦に巻き直してもらい、それから着替えを手伝わせた。 彼女が寝巻きを脱いだ途端「あら、奥様これは。」と家政婦が彼女の腰のお褓に気付いて声をあげた。うっかり、お褓の事を忘れていたのだ。 「あ、あの、これ。」と慌てて両手で腰を隠したが、どうにも為る訳が無い。羞しいやら情け無いやら、思わず涙ぐんでしまい、かえって家政婦の方がうろたえた。 「まあ、そうなんですか、それはなんとも・・・」 女の大事な部分に薬を塗られ、繃帯の代わりにお褓をされた事を涙ながらに語ると、家政婦は納得した様に肯いたが 彼女には、この中年の醜い女に昨夜の秘事まで覗かれていた様な気がしてくる。 「お召し物は如何致します。」 「今日から暫らくは、お洋服にしますわ。」 水色のブラウスの袖や紺色のスカートから、剥き出しになった腕や足に巻かれた繃帯が、顔中を覆った繃帯と共に 昨夜の孤閨の戯れが彼女の脳裏に蘇り、身体が火照った。 玄関で待っていたハイヤーの運転手が、彼女の姿を見て 一瞬ギョッと目を見開いたが、行き先を告げると納得した様に肯き、車のドアを閉めた。 車を走らせながら、運転手はしきりにバックミラーで彼女の様子を窺い、夫人はこの異様な姿を見られることに 咽喉がひりひりと焼けつく様な興奮を感じる。 |
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