読み物

X-ray氏作

Sorry Japanese only

        

 (6)麻帆との関係

 

-------------------Bloody internal organs

 

11月○日(火)4:00 a.m.

牢獄に一人取り残された麻帆は、暗闇の中で孤独と戦っていた。

用意されたベッドの湿ったブランケットは嫌な匂いがした。

しかし、想像以上に冷え込みが激しかったので仕方なく潜って耐えていた。

 

あれきり、男は戻ってこなかった。

男が用意した弁当が置かれていたが、飲み物を少々口にしただけで食欲は全くなかった。

頼みの携帯電話も、虚しく「圏外」と表示され、全く無力であった。

 

冷静に考えれば、このような山奥に電波が届く筈がなかった。

それでも、折りたたみの携帯は、開くだけで暖かい光が灯り、小さな勇気をくれた。

 

突然、扉の向こうに気配を感じた。

鍵をチャリチャリと選ぶ音、差込み、開く音。

 

ああ、ついに男がここへ戻って来たようだ。

 

男の大型懐中電灯が、眩しいほどに発光している。

光に遮られ、その表情を読み取ることはできなかった。

 

男に手を引かれて、2階まで降りて来た。

どこからともなく吹き付ける冷たい風が、麻帆の足を余計に強張らせる。

どこへ案内され、何をされるのだろうか。

 

手術室。

そこには、何本ものロウソクが灯り、石油ストーブが持ち込まれていた。

M病院よりずっと狭い手術室は、物々しい雰囲気に息が詰まりそうであった。

何だろう、生臭い匂いが鼻をつく。

 

中央の診察台に座るように指示された。

仕方なく、足をぶらつかせながら腰掛ける。

 

「ごめんね、遅くなって」

 

正面の丸椅子に腰を下ろした男は、意外なほど、優しい口調で謝った。

麻帆は、逃げ出すチャンスを伺いながら、黙って頷いた。

 

「ねぇ、今、ここに来たことがあるなって思わなかった?」

 

再び男が意外な言葉を口にした。

以前、遠い昔に訪れた記憶があるような、ないような、実を言うと麻帆は、監禁されている間中、ずっとそのことを考えていたのだ。

 

静かに首を振る麻帆。

 

「じゃ、これはどう?」

 

男が、いくつもビンを並べた棚を指した。

大きいビン、小さいビン。

中には褐色の塊。

ホルマリン漬け?

 

「わからないよね。すっかり変色しちゃってるし。じゃあさ、これならどう?」

 

今度は、タッパー容器を手渡した。

 

「な、何これ…」

「つまんないな、その反応。看護師になんかなっちゃうと、ホルマリン漬けなんて全然怖くないんだね。あの頃の麻帆は、あんなに泣いたのに」

 

あの頃っていったい?

やはり、私はここに来たことがあるのね。

そしてこの男と関わりがある?

全然、思い出せない…。

 

「そのタッパーは、加藤さんだよ。加藤よし恵さん。結婚して内科でパートしてた人。確か前に麻帆は、あの人は嫌いだって言ってたよね」

「加藤さん?これが?」

「そう、心臓。バラバラになっちゃったけど。内臓も全部出してあるよ。ほら、この中にね」

 

生臭いバケツを差し出す男が、異常者であるのは、明らかな事実だ。

それにしても、本当にこれが加藤よし恵の心臓だというのか?

 

 

まるで、悪い夢でも見ているみたいだ。

私はからかわれてる?

そんな!嘘よ、絶対に嘘よ…。

麻帆は強く目を閉じた。

 

あとどのぐらい待てば、夜明けが来るのだろうか?

果たして、逃げ出すことは可能なのだろうか?

 

------------------A long night

 

 

寒くて長い夜は、まだ明けない。 

こうなったら、「少し男と話してみよう」と心を決めた。

少なくとも、会話している間は何もしないだろう。

 

麻帆は男の名を呼んだ。

男は、少し寂しそうな顔をして、

 

「お兄ちゃんって呼んでよ」

 

と、言った。

お兄ちゃん??

 

男は遠い目をして上半身をゆらゆらと、居眠りをするかのように前後させた。

奇妙な行動にも言動にも驚かされたが、今は逆らうべきではない。

 

「お兄ちゃんは、誰?本当にM病院に勤めてるお兄ちゃんなの?」

 

少し間を置いて、男が低い声で答えた。

 

「当たり前だ。なぜ、そんなことを聞く」

「だって、…まるで別人だったわ。雰囲気や声までも」

「人間誰しも2面性、3面性くらい持っていても普通だよ。麻帆だって婦長や院長の前だと、言葉遣いや態度が別人じゃないか。それと同じだ」

 

「私をここへつれてきた理由は?」

「私をどうするつもり?」

 

その質問に対しては、返答がない。

怒らせてしまったのか?

 

「麻帆、君は忘れてしまったのか?」

 

だから、何なの?

何を忘れているというの?

 

「頭…」

「頭が何?私が何を忘れているの?」

「本当に覚えていないのか?」

 

驚いて立ち上がり、男が迫った。

にゅっと大きな腕が伸びて、思わず身をすくめる。

 

「ここだよ。頭に傷があるだろう?4,5センチくらいの」

 

後頭部の古い傷跡。

なぜ、そんなこと知っている?

 

「この傷は、私が3つか4つの時、祖父の病院で縫ってもらったって母に聞いたわ。祖父の病院…」

 

「ここは、麻帆のおじいちゃんの病院だよ」

「え?」

 

「そうか、麻帆はご両親から、何にも聞いてなかったのか。無理もない。まだ4歳になったばかりだったからな」

「なぜあなたが、そんなことを?」

 

「お兄ちゃんって呼べよ!」

 

突然、大きな声を出した。

情緒不安定なのだろうか?

しかし、このままでは、私もどうにかなってしまいそう。

 

「麻帆が4歳の時、お前は両親とこの病院に来たんだよ。ドライブの途中、トイレに行きたくなった君は、車から降りた。そして母親が、ほんの少し目を離した隙に、崖から転落してしまった。慌てて抱き上げた娘の頭からは、酷い流血。しかし、幸いにも目的地は病院。院長は義父なんだから、麻帆のお母さんも安心しただろう」

 

「おじいちゃんって、この時計のおじいちゃんなの?」

 

麻帆は、胸から懐中時計を取り出した。

 

「返せよ!その時計は俺のだ!」

 

むしり取るような荒々しい仕草で、麻帆の胸から懐中時計を奪った。

俺と言ったり僕と呼んでみたり、荒っぽくなったかと思えば、急に物静かな口調に変わったり、いくつもの人格が出入りしているのか?

 

「麻帆。君はね、泣いて泣いて、このホルマリン漬けを見て、怖がってもっと泣いて。よほど頭の傷が痛かったんだろうね。今、座ってる診察台の上でうつぶせになって、頭をチクチク縫われたんだよ。僕?僕は、初めからずっと君を見ていたよ」

 

正直、何も思い出せなかった。

男の話が作り話であるのかもしれないが、出任せでここまで詳細を語れるだろうか?

 

「何をしに、家族そろってここまで来たと思う?」

「え?」

「麻帆。君の家は何人家族かい?」

「3人。ひとりっ子だから」

 

「ハハハハハハハハハハ…」

 

男が高い声で笑い出した。

 

「君の御両親はね、息子の僕を捨てに来たんだよ。ここへ」

「捨てに?息子?」

「そう。君が4歳の時、僕は本当の父親に引き取られたのさ」

 

待って。

あまりにも唐突で、訳が分からない。

それに、本当の父親って何?

矛盾してるわ。

 

「麻帆。君と僕はね、父親の違う兄妹なんだよ」

「母親は同じ。違うのは、僕の父が君のおじいちゃんってことさ」

 

衝撃的な言葉を前にしても、実感がないだけに信じられなかった。

兄がいた話は知っている。

前妻の子供だって?

母は前妻なんかじゃない?

でもなぜ?

それならなぜ、母は息子を手放したのだろう?

 

「父さんが僕を嫌うんだ。そりゃそうだよね、海外赴任中に、親父が嫁と寝ちゃったんだから。それに僕も、君のかわいらしさに嫉妬して随分いじめたんだ。」

 

遠くを見つめるような虚ろなまなざしで麻帆を見つめた。

 

「ある日君は、仮面ライダーのお嫁さんになるって言い出した」

「え?」

「僕が仮面ライダーになるよって言ったら、じゃあ、お兄ちゃんと結婚するって言ったのに、本物の仮面ライダーが入院したとたん、病室でラブシーンなんてしちゃってるし」

「そんな話、知らないわ」

「僕はね、麻帆があんまりかわいいから、殺そうとしてたんだよ。崖から落としたのも僕さ」

 

男が、麻帆の両手首を押さえつける。

少しずつ体重を乗せながら、麻帆に覆いかぶさった。

 

強い力は膝を割り、男の指が、麻帆のパンティーを剥ぎ取った。

クレパスをこじ開けるように、指を捻り入れる。

麻帆は、両足を蹴り上げる必死の抵抗も虚しく、男にねじ伏せられてしまった。

 

麻帆は、早く終わればいいと思った。

抵抗して命を落とすより、受け入れるべきではないか?と判断した。

 

「あまり濡れないね。そうだ、いいものがある」

男は、ジャケットのポケットからチューブに入った薬を取り出した。

たっぷりと、指の腹に搾り出して、麻帆の中に注いだ。

 

「これは、淫乱剤だよ。ちょっとの刺激でも、昇天しちゃうらしいよ。どう?気持ちいいのは好き?」

 

男が左腕だけで、麻帆を組み伏せ、右手を挿し入れ掻き回す。

瞬間、麻帆は陰部に火がついたような、ほてりを感じた。

そして、激しい痒みにも似た感覚。

男の稚拙な愛撫にさえ、激しい反応をしてしまう。

 

「すごいね。エッチだなぁ、もうこんななっちゃって」

 

男が、わざわざねっとりとした指を、顔に翳し、見せ付けた。

 

「イヤ…。あっあっあっ…」

 

「僕はね、医者なんだよ。医者の息子だからね。開業だってできる資格がある。ここで君と暮らすってのはどう?」

 

男の指の動きが激しくなる。

薬のせいで大きな声が出てしまう。

感情とは別物の、女の悲しい感性。

リズミカルに響くそれは、腰のうねりがもっとも高いところに引きあげられたところで止まり、潮がひくように、麻帆の頭の中を白く滲ませて痙攣した。

 

男の押さえつける力が抜けた。

ああ、今度はいよいよ犯されるのか?

 

しかし、男は立ち上がり、麻帆に背中を向けた。

 

「もう時間だよ。僕は仕事があるから戻らなきゃ。上でおとなしく待っていてくれるね」

 

仕事?ああ、この男は、何事もなかったかのように出勤するというのか。

捻じ曲がった男の性格が、恐ろしかった。

 

 

-------------------Spiral staircase

 

 

11月○日(火)8:30 a.m.

おとなしく従う以外の選択肢はなかった。

重い足を引きずり、男に?まれながら階段を上がる。

3階の廊下には、すでに明るい朝の陽が差しこんでいた。

 

爽やかな陽の光を浴びたとたん、凄まじい嫌悪感と恐怖が麻帆を襲った。

 

「いや――――――――っ」

 

湧き上がる高い悲鳴。

麻帆の全細胞が、逃げろ!と伝える!

突然の高らかな悲鳴に男がひるんだ隙に、腕を振り解いた。

 

長い廊下を全速力で、奥へと走る。

 

このとき、麻帆は大きなミスを犯した。

来た道を戻ればよかったのに、反対方向へ駆け出したことだ。

 

翻る長い髪とピンク色のコートの裾。

バッグも捨てた。

 

突き当たりの壁を左に折れると階段。

ところが、あるはずの下りの階段がなかった。

 

正確には、ベッドや廃材でバリケードされて塞がれていた。

 

男の足音がすぐそこまで来ている。

躊躇する暇もなく、階段を駆け上がった。

 

4階。

広いスペースであった。

病院とは明らかに違う、色の付いた生活感が漂った。

おそらく、元院長の住居であろう。

 

とにかく、下り階段を目指すしかない。

まっすぐに駆け出す麻帆。

 

突き当たった木製ドアの真鍮のノブを回した。

幸い施錠はされてない。

 

現れたのは、渦を巻いた鉄製の螺旋階段であった。

 

非常用の出口と思われる。

朽ちたペンキは剥がれかけ、サビを浮かせていた。

 

冷たい空気が頬を挿す。

手すりに触れた手のひらが、ヌルリとした嫌な感触を伝えた。

昨夜の雨で少し、湿っているようだ。

左側から広がる広大な景色が恐ろしい。

パノラマに広がる大自然は、目もくらむ高さである。

 

それでもグルグルと回り回るこの階段を駆け下りるしか、逃げる道はない。

頭上から、男の足音が迫る。

見上げると、モスグリーンの男のジャケット袖が、ああ、すぐそこに見える!

全速力で駆け下りた。

 

捕まりたくない。

早く、早く。

 

ところが!麻帆は目測を誤った。

右の足と左の足が交差し、つんのめるように麻帆の身体は空中へ投げ出された。

 

固い鉄の階段は、情け容赦なく麻帆を攻撃した。

 

凄まじい勢いで、麻帆の身体は投げ出された。

手が足が、頭が顔が、人形のように捻じ曲がり、重力にまかせ鉄階段を落下していった。

 

まるでスローモーションのように、自分が転落していくのが分かる。

めまぐるしく切り替わる景色。

全身を駆け巡る、刺すような痛み。

 

ドスン!!!

ガシャーーーーーーン!!!!

 

激しい音を立てて麻帆の身体を受け止めたのは、不幸にも階段の下に設置されたバリケードであった。

不必要なアルミサッシや、何枚もの大きなガラス、コンクリートブロックなどで積み上げられ作られたそれは、堕ちて来た天使に鋭い牙を剥いた。

 

「もう逃げられない」                   

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