第1話

 

今から約10年前のこと。

あたしは、妹の雛とふたりで、近所の公園の砂場でお城をつくって遊んでいた。

「雛、そっちにすこしお水かけて。」

「はぁい。」

顔も服もぜんぶ泥だらけになりながらも、グチャグチャのお城は完成する寸前だった。

だけど・・・。

グシャッ

突然、40代後半くらいの男が、あたしたちのお城を踏み潰した。

「何するのっ?」

あたしは思わずその男の顔を睨みつけた。

「うあーん。もう少しだったのにー。」

まだ小さい雛は泣き出してしまった。

「おじさん、ひどいよ!」

あたしがそう言ったと同時に、男は雛を抱き上げて、公園の外に止めてあるトラックのほうへ走った。

「ひ、雛っ!!」

「琳ちゃぁあん!」

雛があたしの名前を呼んで泣き叫ぶ。だけど、小さなあたしは男に追いつけない。

「待ってぇ!雛ぁあ!」

あたしは必死で走って、なんとか男の足にしがみついた。

「コ、コイツ・・・!」

そう言うと、男はジャケットからナイフを取り出して、あたしのほうへ振りかざした。

その後、何がどうなったのかとよく覚えていない。

とにかく、左目に焼け付くような痛みを感じ、

それと同時に雛の泣き叫ぶ声がかすかに聞こえた。

 

次に目が覚めたとき、あたしは病院のベッドに寝かされていた。

左目が・・開かない・・・。

右目を開けるだけ開いて、やっと見えたのは、白い天井と、大好きなテディ・ベア。

それから、お花を花瓶に生けている看護婦さんの姿。

「う・・・。」

あたしは、声にもならない声を出した。

「あっ!!目が覚めた?」

「あ・・ひな・・雛は・・・?」

「ちょっと待ってね、今先生呼んで来るから!」

そう言い残し、看護婦さんは急いで走って行った。

雛はブジなのかな・・。あの男に連れていかれちゃったのかな・・・。

意識が朦朧としている中で、あたしは雛のことだけを考えていた。

「琳!」

そう叫んで駆け込んできたのは、ママだった。

「ママ・・・。」

「琳、分かる?ママよ!」

「うん・・雛は?雛はどこ?」

「雛は・・・元気よ。お家で眠ってるわ。」

「よかった・・・。」

それから、医者が入ってきて、いろいろと質問された。

そして、あたしは何度も何度も検査を受け、左目の手術を繰り返した。

手術のあとに「左目だけでこの指が見えますか?」と聞かれるたびに、あたしは「左目が開きません。」と答えた。

4回目のその会話の後、医者は「もうダメだ。」という顔をして、大きなため息をつき、

パパとママを別に部屋に呼び出した。

30分くらいして、パパとママが病室に戻ってきたとき、ママの目は真っ赤に充血して、まぶたは腫れあがっていた。

ママはまた泣き出してしまい、パパがママの肩をそっと抱いた。

小さなあたしには、それが何を意味するかなんて全く理解できなかった。

まさか、自分の左目が失明してしまったなんて・・・。
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