第2話
あたしが退院したのは、あの事件から2ヶ月経った、9月の下旬だった。
ママが、雛を一度も病院に連れて来てくれなかったので、
あたしは雛に会えることを楽しみにしながら、晴れ晴れとした気持ちで家の中へ入っていった。
「ただいま〜!」
いつもなら、どこかの部屋から必ず玄関に走り寄ってくる雛。
なのに、その日は雛の姿はどこにもなかった。
「雛?雛ぁ?どこー?」
あたしが家中を探し回っていると、後ろでママが泣き崩れた。
「・・ママ?どうしたの?どこか痛いの?」
「琳・・・ごめんね・・。」
「?」
「雛は・・雛はまだ戻ってきていないの・・。」
ママのその言葉が、あたしには信じられなかった。
だって、あたしが病院にいるときはいつも、
『家で琳が帰ってくるのを楽しみに待っている』とか
『一人で公園に行っても遊ぶ相手がいなくて淋しがってる』とか、そんなふうに言ってたから。
あたしは泣きじゃくるママを見ても、まだ信じられなかった。
「ウソだよ!雛は絶対いるもん!」
あたしはそう叫んで家を飛び出した。
「琳!待ちなさい!」
パパの声は聞こえたけれど、あたしには立ち止まっている余裕なんてなかった。
いつも遊んでいた公園、雛が入っている幼稚園、子犬を見つけた河原・・・。
いろんなところを走り回ったけれど、どこにも雛の姿はなかった。
「雛は家にいるんだ。」
そう思って、今度は急いで家に走って戻った。
家の近くに来たとき、パパがあたしを発見し、走り寄ってきた。
「琳・・・悲しいけど、まだ雛は帰ってきていないんだ。」
「そんなのうそだよ!雛は家の中にいるもん!」
あたしはパパの手を振り解いて家の中に入り、階段を駆け上がった。
パパとママの寝室、子供部屋、押入れの中まで調べたけれど、やっぱり雛の姿はなかった。
「雛・・・雛ぁぁあ・・・。」
あたしは大声で泣いた。
泣いて
泣いて
また泣いた。
あたしは、自分の正常な左目を失い、大切な雛も失い、そして、笑顔まで失いかけた。
そう、彼に出会うまでは。
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