第10話
「・・どう・・いうこと?」
伊織に強く抱きしめられたまま、あたしは訊き返した。
伊織は、あたしから手を離すと、下を向いてこう言った。
「10年前・・雛はある男に連れ去られて、亜矢音はその男に左目を切りつけられた・・。」
「な・・なんで知ってるの?」
「その男がオマエをさらった理由は・・金が欲しかったから・・。」
どうして、伊織があたしよりも詳しく知っているんだろう・・・。
「だけど・・身代金を求めたんじゃない。人に・・売ったんだ。」
「あ・・あたし・・売られた・・の?」
「そして、その男は莫大な借金の70%をなんとか返した。だけど、残りの30%は返すあてがなくて・・・。」
「・・もう一度同じことを?」
「いや・・そいつは死んだんだ・・。」
「え!?」
「ヤクザみたいなやつらに自分から頼んで、殺してもらった。
そして自分の保険金で残りの借金を返せ、と遺書に書いていたんだ。」
「・・・家族がいたの?」
「あぁ。」
「信じられない・・。」
「え?」
「自分にも家族がいるんだったら、家族がバラバラになったり、
誰かが深い傷をつけられたりしたときのキモチだって分かるはずよ!」
「雛・・。」
「身代金を求めた方がまだよかったわ!なんで・・なんで人に売ったりしたのよ・・。」
「・・・・・。」
「・・最低よ。そんなのだったら最初から死ねばいいじゃない!!」
あたしは、怒りと興奮のなかで、泣きながら叫んだ。
そして、少し落ち着いたときに、伊織の顔を見て驚いた。
伊織は下を向いて、あの淋しげな表情のまま静かに涙を流していたのだ。
「い・・おり?」
「・・俺の・・母親は、自分が働いているスナックの・・常連のある男に付けまわされてたんだ・・。
そして・・10年前の春・・耐えるに耐え切れなくなって・・その男を・・・階段から突き落とした・・。
男はほぼ即死で、母さんと俺と俺の父さんは、3人で東京まで逃げてきたんだ。
だけど・・母さんが殺した男が、とんでもないヤクザだったらしくて・・。
その年の6月になるとすぐに、俺たちはその男が入っていた組のヤツラに見つかったんだ。
そして、『このことは警察には黙っててやる。ただし、3000万円払ったらの話だけどな。』と言った。
父さんは、急いで金を造る方法を考え、・・・実行した。それが、『コドモをさらって高く売る』ことだった。」
「じゃぁ・・あたしをさらったのは・・・。」
「そう・・俺の父親なんだ・・。」
「ウ・・ソでしょ・・?」
「ウソじゃない・・。生きてれば今は55歳だった。」
「い、伊織は今16じゃない!お父さんが生きてれば55歳だったら、39歳のときの子になるわ・・。」
「そうだよ・・。俺には兄がいたんだ。だけど、その兄は俺が生まれる7年前に死んだ。6歳だった。」
「・・・・。」
あたしは、まだ伊織のいうことが信じられなかった。
信じられなかったというよりは、信じたくなかったのだ。
あたしを知らない誰かに売ったのも、琳ちゃんの左目をナイフで切りつけたのも、
ぜんぶ伊織のお父さんだなんて・・信じたくないよ・・そんなこと。
だけど・・伊織はあたしよりも詳しいことをイロイロ知っている・・。
伊織の顔を見ていると、あたしをさらったあの男の顔が浮かんでくる。
怖い。
怖い。
怖い。
逃げ出したい。
あたしは、気がつくと伊織の家を出て走っていた。
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