第17話
『好きだ』
佐久間くんの言葉が、あたしの頭の中で繰り返される。
嬉しいとか、喜びだとか、そんな言葉じゃ表せないような、
大きな感動のようなものがあたしをいっぱいにした。
このときのキモチを文にしろといわれたら、あたしは何も書けないだろう。
瞬きをすることさえ勿体無いように感じてしまう。
彼の顔が、こんなにも近くにあって、あたしをみつめてくれている。
胸が痛くなった。
だけど、今までの苦しい傷みとはちがう。
きっと、嬉しい痛みってやつなんだ。
あたしは、佐久間くんの髪を触った。
脱色・染色の繰り返しで、すごく傷んじゃってる。
何年もそばにいたのに、こんなことも知らなかったなんて・・。
あたしは・・自分のことを見て欲しいって思ってばっかりで、
佐久間くんのこと、全然見てなかったんだ・・。
「ごめんね・・。」
涙が頬を伝った。
佐久間くんは、「泣くなよバカ。」と言って笑い、親指であたしの涙をぬぐった。
あたしは、彼の耳にキスした。
「すき。」
あたしの背中を抱く手に、少し力が入った。
「18年間生きてて、はじめて言ったセリフよ。」
あたしは、なんだかテレ臭くて、笑った。
佐久間くんも笑った。
「ほんとにすきなんだから。」
「俺もだよ。」
佐久間くんは笑顔のまま、キスして、すぐ唇を離した。
慣れないあたしの唇で遊んでるみたい。
「弄ばれてるわ・・あたし。」
「え?」
今度はあたしが、一瞬だけ唇を触れた。
「ちっこいころから負けず嫌いだもんなぁ、琳は。」
「なによォ・・。」
少しスネて下を向くと、彼の手が、あたしの頬を触った。
そしてまた、唇に唇が触れた。
「・・?」
さっきみたいにスグ離れると思ってたら、今度はなかなか離れない。
瞼にまつげが当たって、ちょっとだけくすぐったい。
「・・・!」
・・何か入ってきた・・。何これ・・舌!?
あたしが混乱しているうちに、唇は離れた。
頬を真っ赤に染めて、息を荒くしているあたしを見て、
佐久間くんはおもいっきり笑った。
「はははは!おもしれー!」
「ばかぁ。」
「琳かわいー。」
「何よ・・。」
「怒った?」
ニコニコと嬉しそうに笑いながら、彼はあたしに訊いた。
「ばかぁ・・ほんとにすきなんだからぁ・・。」
さっき言ったようなセリフをくりかえしてしまった。
あたしは、彼のお気に入りの古着のシャツのボタンに手をかけた。
ボタンを、ひとつずつ外す。男物だから、外れにくい・・。
「琳?」
「・・んとに、すきなんだもん・・。」
頬は赤いままで。
息は荒いままで。
最後のボタンに手をかけようとしたとき、佐久間くんはあたしをぎゅっと抱きしめた。
「・・まだ外し終わってないよ・・。」
「バカ・・。」
さっきのイタズラな笑顔はどこかに消えて、
すごい、すごい愛しそうな目であたしを見るから、とつぜん恥ずかしくなってしまった。
でも、彼の生暖かくて柔らかい唇が触れていれば、とても安心できる。
電気を消して、カーテンを閉めて、真っ暗にした。
堪らない愛しさみたいのがあたしを襲う。
もう、ヤメテ!ってくらい胸が苦しい。
額に、頬に、唇に、耳に、顎に、喉に、肩に、鎖骨に、胸に、肋に、
腰に、臍に、腹に、腿に、膝に、足首に、爪先に、踵に、背中に。
彼のすべてにあたしがキス。
背中に、踵に、爪先に、足首に、膝に、腿に、腹に、臍に、腰に、
肋に、胸に、鎖骨に、肩に、喉に、顎に、耳に、唇に、頬に、額に、
あたしのすべてに彼がキス。
手で、唇で、肌で、お互いの肌に触れて。挿れて。揺れて。
佐久間くんが、疲れた顔であたしの隣に寝そべったときにはもう、
枕もとのMAC型時計は7時57分をさしていた。
「痛かった?」
「痛い。」
「へ?」
「過去形じゃないよ。まだ痛いもん。」
「あ・・ごめん。」
目をそらして、すまなそうにそう言う彼。
「謝らないで。あたし、嬉しい。」
あたしはニッコリと笑った。
「アタシ、ウレシイとか言って。カタコトみてえだ。」
「あはは!・・いたた。」
「大丈夫か?」
「ぜんぜん平気。」
彼があたしのこと心配してくれるのは、
きっと、こういう場面ならあたりまえなのだろうけど、
とてもうれしかった。
「あ。そうだ。レンラク入れないとやばいんじゃねえの?」
「わすれてた!」
あたしは、慌ててバッグからケータイをとり、家に電話した。
『はい、亜矢音です。ただいま留守にしておりますので・・。』
まだ留守電なんだ・・大丈夫かなあ・・。
「あ、琳です。佐久間くんのマンションにちょっと寄ってから帰るから。心配しないで。」
それだけ言って、電話を切った。
「俺の家にいれば、ヤマシイことは何もないって思ってるんだろうなあ、琳の両親。」
「へ?」
「まさか俺ラがヤったなんて、夢にも思ってないよな。」
「そりゃあ、そうよ。あたしだってチョット信じられないもん。」
「信じさせてやるよ。」
「へ?」
佐久間くんは、長い長いキスをした。
そしてあたしたちは、また抱き合って、笑って、眠った。
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