第3話

 

4月8日、あたしは私立明埜(メイノ)学園に入学した。

中学にほとんど出席していなかったあたしは、中学を卒業してからの2年間、必死で勉強し、

17歳になった今年、はじめて高校受験に臨み、みごと合格したのだった。

 

「琳!」

いつもの視力検査が終わり、ソファーに座ってジュースを飲んでいると、あたしの期待通り彼がやって来た。

「佐久間くん。」

彼の名は、佐久間稔。あたしの主治医の息子で、イチオウこの病院の医師でもある。

と言っても、リハビリをしている患者に付き添うだけで、治療どころか診察すらしていない。

まぁ、彼が治療や診察で忙しくてリハビリに付き添ってくれなくなったら・・・と考えれば、

そのほうがいいのかもしれない。なんてネ。

もともと、一度笑顔を失ったあたしから、もう一度『笑うこと』を教えてくれたのも彼だった。

あたしは、そんな彼を慕い、いつしか彼を愛するようになっていた。

「今日、高校の入学式だったよな。・・どうだった?」

「んー・・別に。」

「ははは、琳らしい答えだな。」

「良くもなけりゃ悪くもないわよ。今日いちンチで友達できるわけがないし。」

「話し掛ければ出来たかもしれないのに。」

「やァよ。キモチ悪いがるでショ、この眼帯つきじゃあ。」

「眼帯だろうがアイマスクだろうが関係ないんじゃねえの?」

「第1印象がだめ。その証拠に誰も話し掛けてこなかった。」

「・・・眼帯取って行くわけにもいかないだろ。」

「そりゃぁね。そっちのがキモチ悪いもんね。」

「キモチ悪くはねえよ。ただ、黴菌が入る可能性があるから・・・。」

「その話は耳にタコさんができちゃうくらい聞いてるわっ。」

「大事なことだからな。ハハ・・。」

あたしは、彼に眼帯の下を見せたことがない。彼も、無理に見ようとはしない。

彼はあたしのことを怖がっているのかもしれない。あたしのこの左目のことを。

彼にこの左目を見せて、それでも受け入れてもらえたなら、どんなに幸せになるだろう・・・。

戻っていく彼の背中を見ながら、あたしはそんなことを考えていた。

 

次の日。

「亜矢音 琳ってアンタ?」

「・・そうだけど・・。」

とつぜん変な男に声をかけられた。

変な男と言っても、このクラスの男子なのだろうけど。

「誰?」

「俺、遠藤伊織。」

イオリ・・女の子みたいな名前。

「何の用?」

「一緒にお昼食べない?」

「はぁ?」

何この男・・。ワケ分かんないってのよ。あたしたち初対面じゃん・・。

「どォせ一人だろ?お昼。」

「一人が好きなの。ほっといて。」

「いいじゃん、今日1日くらい。」

「・・・・。」

もういいや。面倒なことには関わりたくない。

仕方がないのでそのままお弁当を食べることにした。

「うまそーな卵焼きっ!」

「・・・・。」

「ホントうまそう。料理の才能あるんじゃねえの?」

「欲しかったら持っていけば?コレ作ったのは母親よ。」

「誉めただけなのに・・ラッキィ!」

「はぁ・・。」

思わずため息をついてしまった。もう・・。なんでこんなのに話し掛けられちゃったんだろ。

そんな感じで、結局大した話もしないままお昼が過ぎていった。

 

放課後になって、突然雨が降り出した。

「駅まで20分はかかるのに・・・。」

思わずボソリと呟いた。それと同時に隣に誰かが来て、傘を広げた。

「入ってく?」

そう言ってこっちを見たのは、遠藤伊織だった。

「・・いい。」

「遠慮すんなって。」

「なんであたしに関わってくんのよ。」

「別に・・。」

「・・・じゃあね。」

そう言って外へ出ようとすると、手首をつかまれた。

「何よ・・?」

「この傘持ってけよ。」

「いいってば。アンタが濡れちゃうじゃん。」

「俺んちほんっと近いから大丈夫っ。」

そう言って遠藤伊織は、傘だけを置いて走って行ってしまった。

「もう・・・何なのよ・・。」

あたしは遠藤伊織のボロボロのビニ傘をさして帰った。

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