第4話

 

次の日は、昨日の雨がウソみたいに晴れていて、遠藤伊織の傘を持って学校へ行くのが少し恥ずかしかった。

あいつとはあまり喋りたくないから、メモに「ありがとう」とだけ書いて傘と一緒に机の上に置いた。

 

昼休み―。

「亜矢音っ。」

「・・何よ。」

「お昼食べようぜー。」

「・・・勝手にすれば?」

断ってもどうせ目の前に座るんだから、最初から無抵抗のほうが疲れなくてすむ。

あたしは、机を動かす遠藤伊織の顔を眺めてみた。

・・美形だなぁ。モデルみたい。いや、アイドルかなあ。

「何見てんの?」

「顔。」

「ははっ。もしかして俺に惚れ・・。」

「そんなわけないでしょ。」

「琳ちゃんつめたーい。」

「・・・名前で呼ばないでよ。それにその喋り方、気持ち悪いよ。」

「なんだよ。相合傘した仲じゃーん。」

「してないわよ。」

遠藤伊織の『相合傘発言』で、クラスの女子の3分の1くらいがこっちを向いた。

あたしの否定の言葉も聞かないで、ずっとコッチを見てる子もいる。

「あんたモテんのね。」

「まぁねーっ。」

「あたしみたいな眼帯女より、もっとカワイイ子いっぱいいるじゃん。なんであたしに関わってくんのよ。」

「眼帯は関係ねえだろ。亜矢音って美人じゃん。」

「お世辞はもう聞きなれた。」

「お世辞じゃねえのに。」

「そういう言葉も聞きなれたのよ。」

「おまえの横顔がすっげえ好きなのっ。」

「ふーん。じゃあ他はだめなんだ。」

「横顔が特にってこと。」

「・・・。」

クラスの女子の3分の1・・いや半分くらいが、耳をダンボのようにしてあたしたちの会話を聞いている。

みんなが「何であんな眼帯つけてる気持ち悪い女が・・」って顔をしている。

はぁ・・・やってらんないわ。

 

放課後―。

「ちょっと来てくれない?」

「いいけど。」

突然、知らない女の子に呼び出された。

あたしのクラスのコじゃないけど、きっとどこかから情報を得たのだろう。

それにしてもかわいいコ・・あたしとは大違いね。

「あのさァ、伊織に近づかないでくれない?」

「・・・じゃああんたから頼んでよ。遠藤伊織に。」

「何いってんのよ!あんたが伊織にムリヤリあんなこと言わせてるんでしょ!」

「違うってば・・。」

「とにかく、伊織には近づかないで。伊織の彼女はあたしなんだからねっ!」

その女の子がそう言ったとき、

「何やってんだよっ!」

遠藤伊織の声がした。

あたしたちは同時に振り向いた。

「伊織・・・。」

「何言ってんだよおまえっ。」

「だって・・この女が伊織に無理矢理変なこと言わせてるって聞いたんだもん・・。」

「全く・・・。んなわけないじゃん。だいたいいつからおまえが俺の彼女になったって言うんだよ。」

「だってぇ・・。」

あたしは、ふたりをじっと見ていた。

女の子は下を向いて、さっきとは全然違う態度でボソボソを話す。

そして遠藤伊織は、すごく怒っているようだ。調子のいいことを言っているときとは別人みたい。

「まったく・・雛はいっつもそうじゃねえか!」

「ヒナ!?」

あたしは、自分の耳を疑った。今、遠藤伊織は・・ヒナって言った?

「・・・あたしよ。咲坂雛。」

雛なんて・・そんなに多い名前じゃないはず。

「今、15歳よね。」

「そうだけど・・。」

10年前・・あたしは7歳で、雛は5歳だった・・・。

こんなこと・・あるわけないかもしれないけど・・だけど・・。

「・・ねぇ、生まれたときから名字は『咲坂』だった?」

「え・・・?」

その子の顔が歪んだ。

「な、何・・?何なんだよ。」

遠藤伊織はワケわからなそうな顔をしている。

「ち、違うけど・・。」

「もしかして、前の名字って・・・。」

その子は、あたしの目をじっと見つめている。とても不安そうな目で。

「・・・アヤネ?」

「な、何で・・何で知ってるの?」

やっぱり・・・この子は雛だったんだ・・。

「雛・・・あたし・・・。」

「・・り・・んちゃん?」

「あ、あたしのこと・・覚えてるの・・?」

「忘れるわけな・・いよぉ。」

雛は泣き崩れた。あたしは、右目から一筋の涙を流して、ただ呆然と立っていた。

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