第5話

 

あれから、10年間の空白を埋めていくように雛とたくさん話をした。

連れ去られたあと、知らない家に連れて行かれ、そこで9歳まで育ったこと。

その後もまた、何軒かの家をたらい回しにされ、今住んでいる家についたこと。

そのときの暮らしぶりや、普通に義務教育を受けたことや、とにかくいろんなことを聞いた。

そして、雛はこう言った。

「あたしは、今の家でとても親切にしてもらってる。おばさんもおじさんも、本当の親みたいに

 親身になってくれるし、高校にも行かせてくれてる。だから、あたしがここにいるってことを、

 誰にも言わないで欲しいの・・。もちろん、お母さんやお父さんにも。」

あたしは、この言葉を聞いたとき、とてもショックだった。

あたしたちは、この10年間の間に、全くの他人のようになっていた。

今の雛には、小さなころの面影が全くというほど残っていない。

あの男さえいなければ・・とも思ったけれど、雛は今幸せなのだから、それでいいのかもしれない・・。

だけど、あたしは昔のことを思い出して、とても悲しくなった。

あたしたちは、あんなに仲良く遊んでいたのに・・。

いつのまにか涙も出てきた。声は出さず、啜りもせず、ただ出るままに涙を流した。

そうやって何分くらい経ったのだろうか。ケータイの着メロが鳴った。

「・・はい・・。」

「琳?」

「佐久間くん・・!」

「琳、ちょっと今から・・。」

「・・今、会える?」

佐久間くんの言葉を遮って言ってしまった。

「ちょうどよかった。今、病院なんだけど、今日リハビリの予約とかもうないから、ヒマになっちゃって。」

佐久間くんは笑いながらそう言った。

あたしは、佐久間くんの声を聞いただけですごく安心した。

「じゃあ、今から病院行く。」

「あぁ。」

電話を切ってすぐ、あたしは制服のまま家を出た。

家から病院までは、ゆっくり歩いても7分はかからない。走れば3分だ。

あたしは、彼に会いたい一心で、その道を全速力で走っていった。

 

病院に着くと、ちょうど佐久間くんが患者さんと話していた。

そして、あたしに気付いてニコッと笑った。

「琳!早いな。」

佐久間くんの顔もよく見ないまま、あたしは佐久間くんに抱きついてしまった。

「佐久間くん・・あ、あたし・・。」

「琳?」

「うぁあん・・・。」

「・・・・。」

佐久間くんの胸元に顔を押し付けると、なんだか涙が出てきて、止まらなくて・・。

あたしは病院の、みんなのいる前で、声を出して泣きじゃくった。

佐久間くんは何も言わず、ただきつく抱いてくれた。
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