第7話

 

あれから3ヶ月が過ぎ、7月の下旬になった。明埜学園は夏休みの真っ只中だ。

 

「あつーいぃ・・。」

あたしは500円ショップで買ったミニ扇風機に顔を近づけて、ダラダラと音楽を聴いていた。

父と母は二人だけで海へ行ってしまった。

いいなあ海。つめたくてキモチよさそう・・。

佐久間くんは仕事で忙しいかな・・そしたら海になんて連れてってくれないよね・・。

一人でそんなことを考えていると、電話のベルが鳴った。

「はい、亜矢音です。」

「あ、俺、遠藤。」

「あーコンニチハ。何?」

「何って、今何してた?」

「音楽聴いてた。」

「ふーん・・。あのさ、プール行かねえ?」

「プール?あたし泳げません。」

「水に入るだけでもいいじゃん。」

「イヤです!だいたいあんたと二人なんて・・。」

「二人じゃねえよ。なんかクラスのやつらとかイロイロ。」

「・・もっと行きたくない。」

「みんないいやつだぜ?」

「あたしがいいやつじゃないもん。いいやつだけで楽しんできなよ。バイバイ。」

あたしはそう言って電話を切った。

すると、3秒もしないうちにまた電話がかかってきた。

「何よッ。」

「あ・・琳?」

「さ、佐久間くん!?」

「イキナリ『何よッ』って・・。どうしたんだよ。」

「あー・・ィャ、ちょっとウルサイのから電話かかってきて・・。」

「あははっ。琳モテてんの?」

「全然。」

「・・元気そうで安心した。」

「何年も会ってないみたいな口調ッ。何を心配してたの?」

「別に大した事じゃないよ。なんかさー、今日仕事なくなったから、海とか行かない?」

「行く。」

「ハハ、即答じゃん。」

「だってあっついんだもん。冷たい海に足入れたい。」

「だぁよな。じゃ、今から琳の家行くから。」

「分かったー。」

「じゃあな。」

「バイバーイ。」

 

そして、準備が終わってすぐに、佐久間くんが家の前に来た。

「ちょっとひさしぶりー。」

あたしが助手席に乗り込んでそう言うと、佐久間くんは笑って、

「一昨昨日会ったばっかりじゃん。」

といった。

 

車に乗って約20分で、近くの海岸に着いた。

2年ぶりに来た海は、ゴミなどが落ちていて、あまりキレイじゃなかったけど、

あたしにとってはすっごくステキな場所だった。

あたしは、サンダルを脱いで、少しずつ海のほうへ入っていった。

「つめたいっ。」

「アハハッ。うわー。すげえ波っ!」

水をかけあったり、ひざまで海に入ってみたり、あたしたちはまるでちっちゃな子供みたいにはしゃいだ。

「ちょっと休憩〜・・。なんか食べたい。」

「あー俺サザエ食べたい。」

「ビールは飲んじゃだめだからね。」

「はいはいっ。」

海の家に入って、あたしたちはサザエのつぼ焼きを食べた。

「フフ。ちょっとオジサンくさいね。」

「でもウマイよ。」

「そォだね。」

あたしは、サザエを食べながらまわりを見渡した。

ちょうど真正面に日めくりカレンダーがかけてあって、それを見たあたしはハッとした。

今日は、7月29日。あの事件があった日だ・・。

もしかして・・佐久間くんはあたしのこと心配してわざわざ誘ってくれたのかな・・。

あたしに気を使わせないために、いつもと同じように接してくれたのかな・・。

そう思うと、目の前でサザエをおいしそうに食べている8つも年上の彼が

すごくかわいく思えて、とても嬉しくて、愛しくて、胸がいっぱいになった。

 

海の家を出ると、海岸より少し離れた所にある階段に座った。

「ねえ、今日が7月29日だってわかってて誘ってくれたの?」

「・・・バレバレだった?」

彼は苦笑してそう言った。

「ついさっきまで全然気付かなかった・・。」

「ハハ・・なんか余計気使わせちゃってゴメン。」

「ううん。あたし、すっごく嬉しいよ、今。」

「・・・。」

「嫌な思い出がいい思い出に変わったから。」

「・・よかった。」

佐久間くんは俯いて、少しだけ笑ってそう言った。

佐久間くんの横顔を見つめていると、なぜか涙が零れてきた。

彼はコッチを振り向いた。

「琳・・?」

あたしは、何も喋らずに、ただ彼の目をじっと見つめていた。

佐久間くんは、少しだけ、眩しそうに目を細めて、それから・・・。

それから、

あたしにやさしいキスをくれた。
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