第8話
「雛、早く洗濯物たたみな。」
「あ、ハイ・・。」
「それと、6時には夜ゴハン出来てないと遅刻しちゃうからヨロシク頼むわよ。」
「ハイ。」
これが、あたしの日常。
外面だけはいいオバサンと、夜中に酔っ払って帰ってくるオジサンと、3人暮らし。
あのババァから見たあたしは、召し使いというか、奴隷というか・・まぁ、そんなところね。
まるで、王子様と出会う前のシンデレラのようだわ。
「雛、雛はどこだぁ〜。」
夜中の1時過ぎに、フラフラに酔っ払ったクソジジィが帰ってきた。
「・・はい。」
「おぉ、いたか。ホラ、来い。」
このジジィがこう言うと、あたしはこいつの部屋へ行かなくちゃいけないの。
3年前の、13歳になったばかりのころから、あたしはずっとこのジジィの性欲のはけ口。
それも日課のようなものだけど・・。
そりゃぁ、前は何度も逃げ出そうとしたわ。
腕を掴まれるたびに抵抗したし、泣き叫んだことだって少なくない。
だけど、今はもう慣れてしまった。
慣れたというよりは、開き直ったのかもしれない。
10年前、あの男に連れ去られたあの瞬間から、
あたしの未来に「幸福」という文字は全く無くなってしまったのだから。
だけどあたしは恋をした。
中学3年のクラス替えで、初めてあいつと同じクラスになった。
彼の名前は・・・・遠藤伊織。
明るくて、おもしろくて、かっこいい。クラスのムードメーカー的な存在。
そして、たまに、少し淋しげな表情をする。
あたしはそんな伊織が好きで、伊織の前ではカワイイ女でいようと思ったんだけど、
結局それもうまくいかなくて、独占欲丸出しの嫌な女になってしまった。
そんなあたしでも、やっぱり伊織には知られたくないよ。
一緒に住んでる50過ぎのオヤジと何度も寝たなんて・・。
3ヶ月前。この事実を絶対に知られたくない人が増えてしまった。
増えた、というよりも、再会したんだけど・・。
それは、あたしの実の姉。
10年前のあの事件のせいで、大切な左目を失った、あたしの大事なひと。
あたしは彼女にウソをついた。
もしかしたら、自分の理想を語ったのかもしれない。
安心して欲しいとか、そういうキモチよりも先に言葉がでちゃったんだ。
『今住んでいる家ではね、おじさんもおばさんも親切にしてくれて、あたしはすぅっごく幸せなんだよ。』
あたしは、こう言った以上、幸せなふりをしなくちゃいけない。
毎日がジュウジツしているような、そんな演技をしなくちゃいけない。
だけど、事件は起きた。
夏休みが終わるまであと2週間。そんな夜だった。
いつものように、ジジィが酔っ払って帰ってきた。
「雛、雛ぁ〜!」
「ハイッ。」
あたしが急いで玄関へ行くと、ジジィの友達とは思えないような、
30代後半から40代前半くらいのおじさんたちが、大きな黒いバックを持って玄関に立っていたのだ。
「あ・・えっと・・。」
「こちらは○×企業の方達だ。」
ジジィのテキトウな紹介では、なんのことなのか全然分からなかった。
「あ・・どうも・・。」
「じゃぁ、さっそく撮影に入りましょうか。」
「あの・・何の撮影ですか?」
「・・君、話聞いてないの?ビデオ撮るんだよ。出演料は一本25万。高いだろう。」
「え・・?ビデオ・・って・・。」
「勘の悪いコだな。アダルトビデオに決まってるじゃないか!」
「ア・・アダルトビデオ!?あっ、あたしが出演するんですか!?」
「当たり前だろう。そのためにここまで機材を運んできたんだからなあ。」
「冗談じゃないッ。なんであたしがそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「・・どういうことですか?咲坂さん。」
今まであたしに説明していた男が、ジジィに訊く。
「構わん。ムリヤリでもなんでも撮影してくれ!」
ジジィが大声で笑いながらそう言うと、今まで玄関に留まっていたヤツラが、
イッキに家の中に押し寄せてきて、あたしは思いきり奥のほうへ突き飛ばされた。
「痛!何すんのよッ!」
「コチラから許しがでたんだ。どんな手段を使ってでも撮影する。」
「な・・ッ!」
何人もの人に腕や方を押さえつけられ、古い畳の上に押し倒された。
ヤバイ・・逃げなくちゃ・・!
あたしは必死の思いで手を振り解いたが、また固く掴まれ、逃げ出せなかった。
「動くな!カメラ、早く早くっ!」
「や・・やめてよォ!」
「そうそう、もっと騒いでくれなくちゃおもしろくないんだよねエ。」
「離せッ!離してよッ!!」
ビリビリビリ!!
シャツを乱暴に破る音が聞こえた。
「やだぁあ!」
あたしは手を振り解き、体全体を使ってなんとか回りの人を退け、裸足のまま玄関から出た。
そのまま走っていくと、後ろから何人もの人が追ってきて、あたしはものすごい恐怖を感じた。
自分がどこへ向かっているのかも分からないまま、泣きながら必死で走った。
すると、コンビニの裏から自転車に乗ったひとりの男がこっちへ向かってきているのが見えた。
「・・雛!?」
声を聞いてそのひとの顔を見ると・・
「伊織ィ!!」
「な・・何があったんだよ!この格好は・・どうしたんだ!?」
「助けてェエ!」
あたしは、無我夢中で伊織に縋った。
「・・とりあえず後ろに乗れ!早く!」
あたしは、泣きながら、急いで伊織の自転車の後ろに乗った。
後ろからかすかに「いたぞ!」という声が聞こえた気がして、あたしは怖くて目を開けられなかった。
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