presented by pokkin 2001.Jan.7 椿事 青 葉 槇 一 工 事 場 もぅ三年も前のことになる。新学期が始ってまもない。ある晩であった。 私は、勤務先である学園の裏門を、ソッと忍びこむようにして這入ったのである。時刻 は、九時を少し過ぎていた。 宿直室の灯が見える。当直は、年配のY先生だから、まア心配はいらない。 しか卜世の常ならぬ行為が目的である私は、他人に姿を見られるのは好ましくなかった。 私は、まるで犯罪者のように周囲に気を配りながら、三階建鉄筋校舎構築中のエ事場へ いくと、そこでホッと息をついた。 雲のかかった月が出ていて、ほのかに明るい。やっと外郭だけできている鉄筋校舎は、 黒々と見えている。 私の計画は、その日の昼間、何気なく工事を見ていて、フッと思いついたものである。 思いついたとなると、もう自制はでぎなかった。私は、そこにどんな災難が待ちうけてい るとも知らずに、とうとうエ事場へ来てしまったのだ。 私は、素早く着ているもの全部を脱ぎ捨てた。春とはいえ、夜気は冷く、肌にヒヤリと しみる。 近代建築の持つ壮大なメカ二ズムと、裸体との組合せが、私をすっかり魅了していた。(その意味では、ビル構築の工事場のほうがもっと望ましかった) 少年時代から、頑固な裸体病を持っている私は、長ずるに及んで、よぐ裸体になった。 しかし、いつも部屋の中では、感情が麻痺してくる。それには、新しい場所が必要であっ た。 初めの頃、私は多く野外を好んだ。雑木林・神社の裏山、・野原・川の上流・海辺等々、当 然のことながら、人目の全く無い場所が選ばれ、それちの自然の舞台は。また裸体によく 調和した。 そのうちに、私はそれでは飽きたらなくなり、もっと強い刺激を求めるようになった。 ,バックとして、ノーマルな人々のおよそ想像のつかない場所。もっと判りやすぐいうな らば、ノーマルな人間なら、絶対に、真ッ裸になどなる筈のない場所。そぅいう条件を充 す場所の一つとして、鉄筋建築の工事場に、私の触手は動いたのである。 そこには、裸体とはまるで調和しない。さまざまなメカ二ズムがある。また山野とほ違 い、人目に触れる危険性も伴う。そうじた不調和、不安定感が、一種のマゾヒズムを いやがうえにも駆立てるのだ。 私は、コゾクリlト・ミキサlや鉄塔にとりついたり、まだ鉄筋の露出している三 階の床を、歩きまわったりしたあげく、地上から一番上まで、足場にそって斜にかけ てある踏板の上に、頭を下にして仰向けに寝た。四十五度位の傾斜があり、下がった 頭部が少しずづ充血していくのが、妙に快い。 惨んだ月と、鉄塔の一部があった。暫くして、我にかえったように起きあが った私は、不覚にもよろけて、 (危ィ!)と思ったときには、もう狭い板の上で身体 の重心を失っていた。 冷い地面に転落すると、私はすぐには起きることができなかった。怪我をしなかっ たかと、少し身体を動かしてみたが、どこも痛くなかった。それで安心して、起きか けると、途端に腰に激しい痛みを感じた。 「痛ッ「」と顔をしかめて、手をあててみたが、別に血は出ていないらしい。打撲傷な のだろうが、疼痛はズキンズキンと深いところから起ってくるように思われる。骨でも傷 めたのではないかと心配になった。そのまま横になっていて、おさまるものならばと、ジ ッとしていたが、痛みは間歇的に襲ってくる。 昂奮も陶酔もすっかり消え、こんな姿で倒れているところを他人に見られたらと思うと、 気が気ではなかった。私は痛みを怺えながらジリジリと脱いである衣類のほうへ這ってい った。 夜のエ事場でハ真ッ裸の男が、呻きながら、芋虫のように地面を這っているさまは、なん とも異様で滑稽に違いない。 グズグズしていては、夜警が回って来る。本当なら、人に助げを求める立場なのだから、 それは望むところなのに、逆にそれを避けなければならない情けなさに、私は泣出しそう になった。 ヒタヒタと、かすかに足音が聞えてきた。とうとう夜警が回って来たのだ。 私は死物狂いで、衣類に手を伸そうとしたが、途端にまた激しい痛みが起って、反射的 ・に身体を縮めると、呻声をあげた。 足音はますます近くなる。 うまく気付かずに行ってくれればいいが、そんな僥倖はまず望めない。 私は、もう観念するよりほかなかった。真ッ裸のあさましい姿が、懐中電燈の光芭に照。 しだされる瞬間の差恥に、全身を固くして息をつめていた。 ,「先生ッ!まアこりやア一体、どうなさったンでーー?」 あまりの意外な有様に、夜警の爺さんは仰天し、眼を疑うように、懐中電燈を近付けて:仔細に私の裸体を点検する。 私は、差恥に身の悚む思いになりながら、「ひどい目にあっちゃッたが・・・」 といって無理に笑った。 「しかし、どうしてまた、真ッ裸にーー?」「わけは後で話すよ。怪我をしてるらしいン だ。痛くて動けない。すまないが、そこの衣類を取って着せてくれないか」 「ハイハイ」 爺さんがパンツ穿かせようとして、一寸腰を持上げると、私は「痛いッ「」と悲鳴をあげた。 「そんなに痛むンですか?」 「ウン:・・・腰のところがね。撲ったせいだと 思ウンだが 一寸みてくれないか」 爺さんは懐中電燈で、腰椎のあたりを照し て見ていたが、「別になんともなっちゃアいませんよ」 「色も変ってないかい?」 「へエ、赤くもなんともありません」 「おかしいな。とにかくこんなに痛むンだか ら、どうかなってはいるンだ・・・」 「医者へいったほうがよかありませんか」 「うン:じゃ、少し様子をみよう・・・すまないが洋服を着せちやッてくれ。痛くても我慢 するから」 やっとどうやら洋服を着せてもらうと、爺さんの肩に縋ってみたが、下宿までそうして歩いていけそうにはなかった。 「ハイヤーを呼びましようか?」「そうだな。そうしてもらおうか」 電話をかけにいった爺さんが戻って来ると私は何枚かめ紙幣を差出して、口止めすることを忘れなかった。 「お爺さん。今夜のことは誰にもいわないでよ。あんまりみっともいい話じやないか らナ。しかし、とんだ災難にあったもンだ。 おそらく気違いだろう。暗いンでよくは判らなかったが、まだ若い男のようだった。いき なりとびかかって来て、裸にしようとするてだ。僕は驚いて抵抗したよ。でもおそろしく 腕カのある奴でネ。とうとうこんな目にあってしまった。」 「へええーだが先生は、なんだって今頃。こんなところに来なすったンだね?」 「うン、今夜は大分調ぺものをしてネ。脳が疲れたから散歩しているうちに、いつのまに か来てしまったンだよ」「それはそうと、警祭へは届けなくていいンですか?」 「いいよ。届けたりすると、後がまたうるさいから」「しかし、怪我をさせられたンだから 」 「なアに、今晩寝れば癒っちまうよ。大丈夫サ」 私は、苦しい釈明に大汗をかいたが、疼痛 については、まだそれほど重大には考えていなかったのである。 手 術 室 その晩は、鎮痛剤をのんで寝てしまったが、翌朝は大分痛みが軽くなっていた。二、三日 欠勤するこ上にして、鎮痛剤をのんでは寝ていたが、薬がきれてくると痛みだすのに業を にやして、外科へいってみる気になった。 院長のE先生は、身体を屈げさせたり、患部を叩いたり、脊椎を上から下へ順々に強く 圧してみたりしていたが、 「一度レントゲソ写真を撮ってみましょう」 といった。 腰の痛みは、朝のんだ薬が効いているのか、ほとんど感じなかった。 「上半身だけ裸になって、ここへ寝てください」レントゲン室へ案内して来た看護婦は、事 務的にそう命じ、私がいわれたとおり、黒い金属の台の上へ仰向けに寝ると、すかさずズ ボンのべルトをはずし、ズボン下の釦をあげ、パンツの紐をといた。私は思わずハッとして、 それらをすぺて脱られるのではないかと緊張したが、彼女はそれだげのことをすると、サ ッサと出ていってしまった。 第2章 |
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